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□デレツンデレ
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(つ、疲れた…。なに、このむなしい疲労感は…)
セリスはよろよろと力の抜ける体を支えるようにして廊下の壁に手を付いた。
こんなにがんばっているというのに、ロックは相変わらずつれないままだった。
これでどうだ、と一芝居をうった後いつも彼の表情を探してみるが、大抵彼は違う方向を向いていてこちらを全然見ていないのだ。
セリスがエドガーに心変わりするなんてありえないと思っているのだろうか。いや、実際にそうなのだが、ロックしか目に入ってないと思われるのは非常に心外だ。
そして、こんなことが続くと彼はセリスに興味が無いのかと落ち込んでしまう。
セリスが彼の元を離れてもかまわないと思っているのだろうか。
時折囁いてくれた愛の言葉は雰囲気に流されただけの嘘だったのだろうか。
ぐるぐるとマイナスな思考ばかりが頭を駆け巡る。まるで自ら張った罠に自分ではまってしまったかのような惨めな気持ちだ。
こんなにむなしいくらいならさっさとやめたいと言えばいいのに、と自分でも思うのだが、妙なところで負けず嫌いなせいでなかなか言い出せないのだ。
だから、ついに真面目な顔をしたロックに呼び止められ、こっそりと日の落ちた甲板に連れ出された時は「待ってました!!」と叫びそうになってしまった。
ファルコンの安息日である今日は、羽根を休めるため地上に停泊しており、いつもとは違う撫でるような穏やかな風が吹いていた。
満天の星の下でロックはがしがしと頭をかいたり、片足だけ足踏みをしたりして、なかなか話し出そうとしない。
「なによ?私に何か用なの?私はそんなに暇じゃないんだから、手短に済ませて頂戴!」
内心は期待と喜びでセリスの心は浮ついていたが、わざと迷惑そうな声を出してやる。
ロックはつんとそっぽを向いたセリスをしばらく黙って見つめたあと、口を開いた。
「またエドガーの部屋に行くのか?」
その拗ねたような声を聞いて、セリスは歓喜の声を上げそうになった。
ロックが!あのロックが!焼きもちを焼いている!
「なんで、私があなたに行動をいちいち言わなくちゃならないわけ?ほっといてよ」
気を抜けばにやにやと笑みの形に動こうとする唇を思いっきり力を入れて引き絞り、煽るように言ってやった。
それを聞いたロックはしばらく押し黙り、その沈黙に耐え切れなくなったセリスは、そろっと視線だけ動かして彼の表情を窺った。
「!」
彼は見たことも無いような冷たい目をしていた。
「お前、なにを考えてんだよ」
セリスはぎょっと目を見開いた。
その声はいつもより低く押さえつけているようで、はっきりと怒りがにじみ出ていたのだ。
「お前は何がしたいんだ。俺にはお前がどうしたいのかさっぱり分からねえよ」
しまった、調子に乗ってやり過ぎたか。彼はいつだってセリスには柔らかい瞳と優しい声を向けてくれていたのに。
こんな彼の表情ははじめて見た。
「俺じゃなくてもいいならそうすれば良いさ。エドガーは女には甘い奴だから居心地は悪くないだろ」
「え」
セリスは一瞬にして真っ白になってしまった頭を必死に働かせた。
彼が怒っているのは、セリスの企みのせいだ。でも、彼はそれに一度たりとも反応を示したことなど無かったのに、何故いきなりこんなに怒っているのだろうか。
なんてことだ。彼がここまで怒るとは思っていなかった。
きっと怒る前に拗ねてすがって来るとばかり思っていた。
彼はぽかんと口を開けたまま何も反応しないセリスに軽く舌打ちをして背を向けた。
「…ま、待って!」
慌てて彼を呼び止めたが、無視して去っていく。
「ち、ちが…!待ってよっ」
セリスは気付いていなかったが、彼はいつもの表情に隠してずっと我慢していたのだ。
彼がセリスを見なかったのは、彼女が別の男と話しているところを見たくなかったから。
そちらを見ずとも、しっかり耳で気配を探っていて、彼の限界はとっくに超えていたのだ。