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□デレツンデレ
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「待ってって言ってるでしょう!」
「うぐっ!!!」
思わずセリスは追いすがり、彼のジャケットに手をかけると思い切り引き寄せた。
幼い頃から鍛え上げ、そこらの男より十分強い彼女の力は、油断していたロックを簡単に背中から引き倒した。
ゴツンと非常に痛そうな音がしたが、セリスは聞こえなかったことにした。
「ゲホッ!な、なにすんだ!てめ…」
激怒して起き上がろうとしたロックだったが、上半身に馬乗りに跨られ、起き上がることが出来ない。
「…待ってって言ったじゃないの…!」
セリスの声は震えている。今自分はさぞかし情けない顔をしているだろう。
「な、なんでいきなりそんなに怒っているのよ!今まで全然関心を示さなかったくせに。だから私むきになって…」
セリスはロックの襟元を掴んで締め上げた。
「あなたは私のこと本当はどうでもいいんじゃないかって不安になって…」
「わかったから!離してくれ…苦しい…」
セリスは掴んだ服を離し、彼の胸に手を置いた。ぎゅっと歯を食いしばってもなぜか涙が溢れてきた。
ああ、なぜこれしきのことで泣けてしまうのだろう。泣き顔なんて誰にも、特に彼には絶対に見られたくなかったのに。
悔しいのだ。いつもいつもセリスの頭の中はロックのことでいっぱいだ。それなのに…
「セリス?」
「…苦しいの。いつもロックのことばかり考えて頭がおかしくなりそう。私だけ見て欲しくて、私に夢中になって欲しくて…。私、自分がこんなに馬鹿な奴だとは知らなかった。あなたのことが好き…なの」
お願いだから嫌わないで。みっともなく涙に濡れた声で搾り出すようにして言った。
「あなたの気持ちを確かめたかったの。ごめんなさい」
ぐいっとこぼれようとする涙を拭って、そろりと彼の顔を見下ろす。そこでセリスはぎょっと目を見開いた。
ロックはぼっと音がしそうなほど赤面していた。
「…うわ、これはやばい。は、反則だろ…」
ぶつぶつと口の中で訳の分からないことを呟いて、彼は両手で顔を覆った。手では隠しきれない耳や首下まで真っ赤に染まっている。
セリスも体がかあっと熱くなってきた。
いつも冷静な彼が動揺している。それは間違いなく自分の言動のせいだ。それが意外で、でも嬉しくて心が跳ね上がる。
もう一度小さくごめんなさい、と謝ると、もういいよ、と笑われた。
「お前に好きって言われたの初めてだ。びっくりして、もう怒るのも忘れちゃったよ」
そこでセリスは自分の言ったことを思い出し、さらに体が熱くなった。
「な、な、もう一回言ってくれよ」
ロックは顔を赤くしたまま、へらりと締りの無い顔でセリスにお願いした。
「い、嫌よ!もう絶対言わない!」
「なんでだよ。セリスは俺のことが好きで好きでしょうがないんだろ?」
「そんなこと言ってないじゃない!もう嫌い!ロックなんて嫌い!」
どんと胸を叩くと、ロックは明らかにショックを受けたような顔をした。
「あ…ご、ごめん。…今のは嘘…」
消え入りそうな声で呟くと、知ってる、とロックは笑った。
「嘘つきセリス」
そっと頬にロックの手が伸びてくる。
彼の手に導かれるように、上体を倒していく。
いつもそうだ。セリスはロックに翻弄されている。
でも、セリスはけしてそれが嫌なわけではないのだ。
「…好き」
見つめ合ったまま吐息にまぎれるように言うと、彼が嬉しそうに顔をほころばせた。
目を閉じて、唇が触れ合おうとしたその時。
『あー、そこのお二人さん。盛るのは勝手だが、神聖なファルコンの甲板を汚すんじゃねぇよ』
ブツッという放送器具の通電音とともに、マイク越しの声が夜空に響き渡った。
バッと瞬間的に離れた二人は、煌々と灯りのともった操舵室の中で、葉巻を咥えながらとてつもなく不機嫌そうな船長がこちらを見ているのに気付いた。
「セ、セッツァー…いつからそこに…」
『ちょっと器具の調子を見ようと思って来てみたら、お前らが派手に喧嘩してやがったんだよ。こりゃいいやと思って見てたらあっさり仲直りしやがって。おもしろくねぇ』
ということは。セッツァーはセリスのあの痴態を一部始終見ていたということか。
「きゃあああああああ!!」
セリスは恥ずかしさが限界を超えて絶叫した。
『だけど、まさかセリスが上に乗るとは思ってなかったから、びっくりしたわ』
「忘れなさい!忘れなさいっ!それに、マイクで喋るのはやめてえ!!みんなに丸聞こえでしょおおお!!」
セリスの叫びもむなしく、その声はマイクを通って飛空艇中に響き渡った。
それを聞いたある者は、若い恋人達に笑みを漏らし、ある者はやれやれとため息をついた。年長者達は、二人の妙なスキンシップとロックの笑顔の裏に隠れた怒りのオーラに、明日からは気を使わなくてもいいのか、とほっとした。
(なんだ。いたずらももう終わりか…)
そして、エドガーだけは残念そうに微笑んだのだった。