short
□I think of you constantly
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壮麗たるノヴァリスタの都。
この地に君臨する女王マタンは沈鬱な瞳で、窓から見える曇天を眺めていた。
海から迫り来る災厄は未だ都には到達していない。だが、暗い色を含んだざわついた空気は、まるで伝染病のように、空をつたい、人をつたい、あっという間にこの都を染め上げた。
なぜ、こんなことになってしまったのか。
誰がこんなことを願ったのか。
浮かぶのは意味のない自問ばかり。
繰り返される思考は、膿み爛れて、彼女をますます傷つけた。
孤独な日々はいつか終わると信じていた。
共に歩める日が来ると、唯一無二の存在を感じたあの日から信じていたのに。
―――ノクス、あなたはそうじゃなかったのね。
女王は人知れず涙を流す。
孤独な女王が幼い頃から拠り所にしていた存在。
それが、血を分けたたった一人の弟だった。
会ったこともない、存在を隠された弟のことを、彼女は誰に教えられるわけでもなく、本能的に察知していた。
会いたい。会いたい。
そばにいて欲しい。
愛しい気持ちは年を経る毎に大きくなり、恐ろしくなるほどにまで成長していた。
夢の中で見た、彼の笑顔は、目をつむると鮮明に思い出せる。
自分と瓜二つの、魂。もう一人の私。
彼の笑顔だけで、生きていけると感じたあの日のこと、忘れられるわけがない。
大きな姿見に写った、飾り立てた自分の姿が、一瞬弟の姿に見えた。
夢の中で笑っていた彼の姿は、もう二度と見ることができない。鏡にうつった彼の顔は、憎悪に満ち溢れている。
なぜ、なぜ。憎しみからは何も生み出すことはできないのに。
あの時、あれほど近くに感じることができた、彼の魂は、今や遠く離れて、凍えきったマタンの手足では引き寄せることもかなわない。
彼の放つ鮮烈な赤い光は、彼女の瞳を焼き、体を焼き、王国ごと燃やし尽くそうとしている。
それがあなたの正義なのね。
この国を太古から守っていた、大いなるトリスアギオニドの教義。
人々の幸福と安寧を紡ぐその教えを、否定することがあなたの正義だと言うのね。
私は女王として、全ての人々の幸せを願う。
そして、私は凍った手足を奮い立たせ、立ち向かわなくてはならない。全ての人々を救うために。
燃える地に繋ぎ止められた、彼の魂を救うために。
それが、神器トリスアギオンに選ばれた私の使命。
視線を上げた女王の、頭に飾られた花が揺れて、一つの花弁が髪をつたって落ちた。
剣を捧げ持つ、たった一人の彼女の騎士にうなずいて、その剣を手にする。
彼女の前には、数万の群集。
彼女が手に持った剣を高らかに掲げると、一斉に群集が湧きかえった。
破壊と殺戮が正義、なんて愚かな幻想だ。
戦って得られる正義。それは、きっと錯覚だ。
「愛しているのよ、ノクス」
迷える彼女の胸に光る、赤い宝玉。
その中に眠る聖剣が鼓動する。
近い未来に訪れる、邂逅を心待ちにして。
希望の剣の鼓動に答えるかのように、絶望の剣が大きく震えた。
その剣を手にしていた少年は、目の前に広がる美しい海を眺めた。
いや、その視線は、海を越えて、見えないはずの白亜の城を見つめている。
女王と瓜二つのその顔は、決意に満ち溢れていて、近い未来に訪れる不幸の再会など、知る由もなかった。
彼の心に宿るのは、ただ一つの信義。目指す仇が自らの片割れとは知らず、船団を率いて、この地までやってきたのだ。
ノクスの瞳は、絶望の剣に嵌められた真紅の宝玉、リスタチアの赤に染まりつつある。
狂気の赤。それに気付いているのは、彼が焦がれたただ一人の姉、マタンだけだった。