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□夜とピアノと僕らの音
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夜とピアノと僕らの音
僕達の夜は長い。
僕らの仕事は、いわゆる自由業ってやつで、基本決まった勤務時間がある訳ではない。
レコーディングに入ると、ほかのスタッフとの兼ね合いで、規則正しい生活に変わってしまうけど、それもその時だけ。
ほとんど年がら年中僕らの生活は昼夜逆転していると言ってもいい。
別に僕らが朝の光が苦手な吸血鬼ってわけではないし、特にぐうたらなわけでもない。
夜には不思議な魔力があるんだ。
インスピレーションってやつが降ってくる、不思議な魔力が。
「なースギ、歌って」
「やだよ」
静まり返った部屋に僕らの声だけが響く。
完全防音の部屋だけど、夜の音ってのは、なぜか入り込んでくるんだよね。
世界が寝静まった音。
電子ピアノの楽譜立てに頬杖をついたレオが、えーっと情けない声を上げる。
あーあ、ほら楽譜立てに体重をかけるんじゃないよ。この手の機材は脆いんだから。うっかりすると修理費だけで何十万もかかるんだから。
「もーむりぃ。スギの歌を聴かないと、すすまない!」
今度は狭い椅子の上で横になり、ごろごろやり出した。君って変なところが器用だよね。普段は何をやらしても不器用なのにさ。
「僕は君が作ったこの曲に歌詞をつけるのに集中してるんだよ。進まないならこっちを手伝ってくれよ」
「いや。どーせ僕が歌詞をつけると、電波とか、日本語崩壊とか言われるもん」
「……それもそうだね。レオ、僕が歌ったらどうせまた寝ちゃうんじゃない?」
レオは最近僕の歌を子守唄にすることにはまっている。
同年代の男の歌声を子守唄にするって時点でどうかと思うのだけど、連日深夜まで僕の声をいじる仕事をしているせいで、自然と眠くなってしまうようになったらしい。
この前はその狭いピアノ椅子の上で本気で寝てしまって、びっくりさせられた。ほんと彼はどうかしてる。
なんでも、僕の歌声を聞きながら寝ると、気絶したみたいにぐっすり眠れるらしい。
それって、極限まで疲れてるからじゃないの?
まあ、彼に言わせると、寝る前にもコーヒー牛乳。朝起きてもコーヒー牛乳。ランチの時もコーヒー牛乳を飲む僕の方がどうかしてるらしい。コーヒー牛乳のせいで僕の寿命は18年は縮まってるらしいよ。うん、糖分には気をつけないといけないって気にはしてるんだ。
「寝ないよ!今日はそうゆうのじゃないんだ」
レオはそう言うとぴょこんと顔を上げ、眉をへの字にしてじっと見てきた。
「もうちょっとでできそうな気がするんだ!ねえ歌ってみてよ!」
そう言われると断れない、僕はしぶしぶという様子を装って、ヘッドホンを外して彼の横に立った。