いばらのユノー
□道標
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しばしの沈黙の後、セリスは口を開く。喉が粘ついて声を出すのもやっとだった。
「…………帝国の侵攻のせいですか…?あの銃弾で……」
「そう聞いている。…しかし」
エドガーの次の言葉は文字通り部屋の空気を凍りつかせた。
「彼女の死亡届も埋葬記録も残っているはずだ」
一瞬の思考の停止。しかし、心の片隅ではやはりと思った。
怪我を負い寝たきりだとしても、生きている人間にはそれなりの環境や道具がいる。そういった彼女を世話するための道具は一切置いていなかった。
日の差さない真っ暗な地下室。人が住むには適さない強烈な異臭。満開のまま時を止めた花。静止する部屋。
生きている人間があそこに長時間いるのは無理だ。そう、生きている人間は。
その歪んだ現実に全身が粟立つようなおそれを感じた。
そうだ、彼女は確かに死んでいるのだ。
一体どんな技術を使って、こんなに長時間…いや、問題はそこではない。
「…なんてことだ。私もこれをどう受け止めていいのか、本当にわからない。…すまない。君は本来ならば知らなくていいことだった。私があいつを煽ってしまったからだ」
「…ロックとあの方は一体、どのような…」
エドガーは少し迷った後「恋人だったと聞いている」と答えた。
わかっていたが、それでもズキンと全身を貫く痛みを感じて、セリスは微かに震えた。
「あいつ…いったいどういうつもりだ…?……これは正直私の手にあまる…」
「……5年前の、彼女が…殺された帝国軍の侵攻の当時、私はすでに兵士でした」
エドガーは、はっとしてセリスを見た。
「もしかしたら彼女を殺していたのは私だったかもしれない。なのに、彼は私を助けてくれたのです。危険を冒して牢を破ってまでして。
私は仇と言われてもしょうがない。殺されても仕方がない立場なのに。私は彼がわからない…」
声が震えて一つ一つの単語がひどくつっかえる。
「……君の今の立場は違うだろう。今は私達の仲間だ」
「そういう問題じゃないわ!」
混乱と衝撃のせいで誰か自分とは別の人間が声を出しているようだった。まるで他人の声を聞いているようだ。
「…あの時彼は私に剣をむけてよかったのに」
こんなに悩むくらいならいっそそうしてくれていた方が良かった。
彼はこれからどうする気なのだろう。誰にも知られず地下に彼女を隠したままで。
何が目的で?一体いつまで?今更ながらとんでもないことを知ってしまったと、セリスは呆然とした。
答えが返ってくるはずもない、愛しい人の名を呼ぶ彼の、寂しげな背中と柔らかい声を思い出した。
彼の大事な人はティナではなかった。
彼のまなざしの先には、もっと手の届かない場所にいる生涯の人がいた。
私が似ているのはティナではなかったのだ。
「……エドガーさん、私とあの人…」
私たちは似ていましたか。
その問いを言葉にすることはどうしても出来なかった。