いばらのユノー

□道標
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いつもどおりに振舞おうと思っていたのに、朝っぱらから不意打ちで会ってしまうなんて。上手く対処することなんてできない。

チョコボの様子を見て、この調子だと大丈夫そうだな、とか適当に言いつくろって何気なく立ち去ればいいだけじゃないか。なのにそのたった一言が口に出すのも難しい。


深刻そうな顔をして立ち尽くすセリスに、ロックは困ったように笑い、ぽりぽりと鼻の頭をかいて、あーと間抜けな声を出した。

「あのな……悪かった。あんなもの見せて。気分悪かっただろ?ごめんな」

彼はそう言って苦笑した。

「とりあえず忘れてくれたらありがたい。えっと…引いただろうけど、今までと変わらずに接してくれたら嬉しい」

セリスは彼の顔を見て、血の気が引くような心地がした。

彼はどうして笑う事が出来るのだろう。

彼の笑みの形に歪んだ口元を凝視しながら、ぼんやりと思った。

仇を目の前にして、どうして笑えるのか。忘れろなどと、どういうつもりで口にするのだ。

なら、なぜ、あれを私に見せた。

彼は優しい。仇の私にまで彼女を重ねて助けてくれる。優しく接してくれる。素晴らしい人じゃないか。私の気持ちにはこれっぽっちも思いやってくれないくせに!

私がどんな気持ちになるかなんて気にしたこともないんだろう。
私の心をこんなにも乱して。私に一体どうしろと言うのだ。私をなんだと思っているんだ!


胸の奥がかっと熱くなる。

それが理不尽な怒りのせいだと気付いたのは、後になってからだった。

「あなたが忘れろというなら、そうしましょう。このことは誰にも言わない。墓場まで持っていく秘密にしよう」

そうか、とロックが安堵したような笑みを浮かべた。それを見て、ますます頭に血が上ったような気がした。

「…彼女や、その家族の皆様には本当に申し訳ないことをしたと思っている。本来ならば、既にその職をおわれているとはいえ、なんらかの謝罪と賠償をすべきなのだろうが…

あいにくと私にはそのすべがない。なんならお前が私を断罪してくれてもかまわないのだが?
簡単だ。その腰にあるダガーで胸を突けばいい。私の長剣で首を落としてくれてもかまわない」

胸に手を当て、こうべを垂れる。騎士としての敬礼に、彼が息を呑んだのが分かった。

その隙に、彼が何かを言う前に踵を返してその場を去った。

彼と話していたくない。
一秒だって彼の顔を見ていたくなかった。


頭では彼に怒りを向けるのは間違っていると分かっているのに、どうしても堪える事は出来なかった。

(くそっ!くそっ!くそっ!)

世の中全てに汚い言葉を吐きつけて、大きく声を上げて泣きたい気分だった。

どうしてこうなったのか。なぜ、彼の愛しい恋人が殺されなければならなかったのだ。なぜ、帝国軍は何の罪もない娘を殺したのだ。

そして、なぜ私はこんな言い方しかできないのだろう…

そもそも敵であったはずの彼と私はどうして出会わなければならなかったのか。なぜ彼女ではなく私が生きている?なぜ彼は私を助けたのだ。彼女と私が似ていたから?冗談じゃない!


これからどうすればいい?知ってしまった私はどうすればいいのだ?


しかし、とりあえずはやるべき事がある。ティナを探し出し、帝国との戦争に勝利するのだ。

ロックに心をかき乱されている場合ではない。落ち着け、心を高ぶらせるな。こんな不安定な心で立ち向かえるほど帝国は弱くない。それにこれから先は長いのだ。

早足に歩く、セリスの足運びは随分苛立ったものになっていた。


あとから、自分がそのような態度をとってしまったことをひどく後悔したのだが、それをやすやすと謝れるほどセリスは素直な性格ではなかった。

ロックは今までと全く変わらないように見えた。
しかし、二人の関係はどことなくよそよそしいものになってしまった。

それからの道中、セリスの心はのどかに揺れる稲穂も野道に可憐に咲く花々にも癒されず、終始乱れたままだった。





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