いばらのユノー

□道標
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態勢が整わないまま、一番近くにいた男の襟首をつかみ、横にいた男に思いっきりぶつけてやる。

うまく力は入らなかったが、ちょうど男がしゃがもうとしたところだったので、運よく二人ともバランスを崩し、倒れこんだ。


その隙にと体を起こそうとしたが、今度は別の男に思いっきり頭を蹴られ、セリスは再び水たまりの中に顔を突っ込んだ。


髪を掴んで引き上げられた時、怒気で顔を歪ませた男の顔が揺らめいて見えた。

頭に衝撃を受けたせいか、焦点が合わない。

誰かがセリスを口汚くののしっているのが聞こえる。

(態勢が悪い!剣が抜けない!)

それでも必死で剣の柄を握りしめた瞬間、男のナイフが翻ったのが見えた。

(刺される――!)


その瞬間、雨が土砂降りに変わると同時に、稲光が一帯を眩しく照らした。

その白い光に視界が奪われる。

一拍をおいて鼓膜を揺るがすような雷鳴が轟いた。


ドォン!!!


ビリビリと残響を残すほどの雷だ。

視界と聴覚を奪われながらも、慌ててもがくと、掴まれていたはずの髪が不意に自由になる。

目の前の男がぐらりと揺れてうつぶせに倒れた。

男の首には何かが突き刺さっている?

「ぎゃあっ」

別の男が膝をついた。その肩にも何かが刺さっている。ナイフか?

それとほぼ同時に何かが上から降ってきて、男が二人一度に倒れこんだ。グシャっと鈍い音がする。

一人の背にはナイフが刺さり、もう一人の背中と頭を蹴りつけているのは、ビルから飛び降りてきたロックだった。

倒れた男に突き立っていたナイフを一本引き抜き、彼はあっという間に距離を詰めてセリスの腕を掴んだ。そのままセリスの背後にいた男の首を掻っ切る。

視力が完全に戻っていなかった数回のまばたきの間に起きたことだった。それほどまでに彼の動きは速かった。

彼は何も言わずにセリスの腕を掴んだまま、盗賊たちを振り切り、走り出した。




雨は弱まる気配を見せず、走る二人に容赦なく降りしきる。

雨が目に入り見えづらい。走るたびにこめかみが痛む。雨を吸った外套と髪が重く感じられた。

ロックは外套を脱ぎ、身軽な姿だ。

盗賊たちは追ってきているのだろうか?

雨が強すぎて気配が全く感じられない。

ロックは路地裏をジグザグに進み、やがて立ち止まったのは、古ぼけた宿屋の前だった。



裏通りに面したそこは、すでに廃業しているのだろう。扉には錆と埃が付着している。

ロックは無言のまま、細い金属を鍵穴に差し込みガチャガチャといじくりだした。

玄関ポーチには二人から滴った水滴が水溜りのように広がり、ロックの髪や服からポタポタと雫が落ちている。


また彼に助けてもらった…

もう迷惑はかけないように、と誓ったのになんて情けない…

後悔で唇を噛みしめたセリスはうつむいたまま、手持ち無沙汰に彼の髪から落ちる雫を目で追った。

そして、ロックは間もなく鍵をあけ、稲光を背に二人は無言のまま宿屋の中に入っていった。


埃っぽい室内は元宿屋らしく、フロントのようなカウンターが目の前にあり、その奥に大きな時計がかかっていた。まだその時計は動いているようだ。

「ロック…ごめんなさい。迷惑かけて…」

掠れた声になってしまった。

ずっと無言の彼は怒っているに違いない。

子供のように勝手に迷子になったあげく、これだ。

まるで役に立たず、迷惑をかけるだけのセリスに心底呆れただろう。

彼にだけはこれ以上無様な姿を見られたくはなかったのに。

情けなさと後悔で、頭かいっぱいになり、セリスは唇が切れるほど噛みしめた。


「…いや……」
ロックは玄関の内側からカギを閉め、やっとセリスを見て、重々しく口を開いた。

「いや、俺の方こそ悪かった。魔導系はかなり精神力を使うと聞いていたのに、無理をさせてしまった。お前がいない事にも全然気付いていなかった」

少しセリスを見つめたかと思うと、そのままずるずるとしゃがみこんだ。

怒っていると思っていたのに、違ったのか

安堵すると同時に、彼のひどく落ち込んだ様子にセリスは狼狽えた。


彼はしゃがみこんだまま、右手でセリスの右手を包み込むように握り、

「間に合って、良かった…」

と絞り出すように言った。
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