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□なんでもないただの一日
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わたしの部屋の窓から外を見下ろしてみると、みすず旅館の中庭にキットンが見えた。よし、とりあえずキットンに聞いてみよう!
キットンは中庭で洗濯中だった。
洗濯物は、テーブルクロスにベッドカバー…どうやらおかみさんに洗濯を頼まれたみたいね。私たちは時々こうやっておかみさんの頼まれごとでお小遣い稼ぎをしたりする。
情けないけど、私たちのような貧乏パーティーにはこんなささいな収入でも大きいんだ。
「パステルどうしたんですか?原稿はもうできあがったんですか?」
「ううん、まだなんだけどね。ちょっとキットンこの歌知らない?」
私は覚えてる部分を歌ってみた。しかし、キットンは首をかしげている。
「うーん聞いたことある気がするんですけどねぇ。はて、どこでだったか…。それは何の曲なんですか?」
「学校で音楽の時間に習った曲なんだ。よくルーミィに歌ってあげてたんだけど、急に思い出せなくなっちゃって」
するとキットンはいつもの馬鹿笑いを上げた。
「でっひゃっひゃ!そんなの私が知るわけないじゃないですかぁ!」
う…まぁそうだよね…。わかってたけど、もしかしてと思ったんだよぉ。そんなに笑わなくってもいいじゃない!
「ノルに聞いてみる…」
「ノルも知らないと思いますよぉー!それよりパステル原稿はどうなったんですかぁー!」
キットンの馬鹿でかい声を背中に聞きながら、みすず旅館の裏手に回ると、そこには薪割り中のノルがいた。
こちらもお仕事中だったんだね。なんだか、仕事を放り出してる自分が申し訳なく思えてきた。
「ノル!この歌知ってる?」
私は単刀直入に聞いてみた。さっきと同じように覚えてる部分を歌ってみたんだけど、ノルも首をかしげている。
「聞いたことある気はするんだが…ごめんおれにはわからない」
「あ、あやまらないでよぉ!こっちこそ変なこと聞いてごめんね!」
「いや、パステル、原稿がんばって」
ノルのくりっとしたつぶらな瞳を見てると、なんだか元気が沸いてくるから不思議だ。よしがんばろうって思えちゃうんだよね。
「うん、がんばるよー!ノルありがとう!」
そんなことをしてる間も、私の頭の中ではあの中途半端に止まる歌が鳴りっぱなしだった。
あーもう、気になるし、止まらないし、どうしたらいいのよう!
「ぱーるぅ!ただいまらおぅ!」
「パステルおねーしゃん、ただいまデシ!」
ああっルーミィいいところに!シロちゃんも!
きっとこの二人なら覚えてるよね!
「ただいまー。パステル原稿終わったのか?」
うっみんなして原稿原稿って…。
今日はクレイがいつもの武器屋さんのバイトがお休みだったから、ルーミィたちを公園に連れてってくれてたんだ。
ルーミィを肩車してシロちゃんをつれて、こうしてるとクレイってば本当にお父…いや保父さんみたいだなぁ。
久しぶりにクレイと遊べて、ルーミィはすっごくご機嫌みたい。
よし、気を取り直してみんなに聞いてみよう!
「ルーミィ、そえしってるおう!」
あ、やっぱり、ルーミィなら知ってると思ったんだ!だってルーミィがお昼寝する時なんかにわたしがよく歌ってあげてたもんね。
「うーんとねぇ!うーんとぉ…えっとぉ!わかんああい!」
がくがくっ!
さっき知ってるって言ってたじゃないのぉ…。
「ごめんなさい、パステルおねーしゃん。ボクもわかんないデシ」
そっかシロちゃんもか。トホホ…
「その歌がどうしたんだい?聞いたことないなぁ」
クレイも…もう大人しく原稿するしかないか…。まだ頭の中の歌は止まらないけどね。
結局その頭の中の歌は止まらず、わたしはそれに大いに気をそがれながらもなんとか無理矢理原稿を書き上げた。もともと半分近くは出来上がってたんだし…。
でも不思議なもので、原稿に向き合って集中し出すとその歌は勝手に頭から消えてたんだー。ほんとに人騒がせな…ってそれはわたしかぁ。
締め切りは明日までだけど、早いとこ印刷屋さんに持って行った方がいいよね。
私はそう思って日が暮れ始めたシルバーリーブの村を原稿を持って走っていた。
「あれ、パステルこんな時間に急いでどこ行くんだ?」
「あ、トラップ。どこ行ってたの?」
「おれはバイトだっつーの!出る前に言っただろ!」
「そーだっけ?わたしは今から印刷屋さんに原稿出しに行くんだ!」
もうそろそろみんな猪鹿亭に行ってるとこかな?あーそんなこと考えてたらおなかへってきた。急がないと!
すると、トラップはくるっと方向転換してわたしのうしろをついて来た。おお?もしかして印刷屋さんまで付き合ってくれるのかな?めずらしく優しいとこもあるもんだ。
わたしはせかせか競歩してるっていうのに、トラップったら普通に歩いているみたい。くそぅ足の長いやつはいいよなあ。
あ、そうだ。あの歌のこと、すっかり忘れてしまってたけど、ついでにトラップにも聞いとこうかな。ぜっったい覚えてないだろうけどねー。
「ね、トラップ、この歌の続き知ってる?」
「んあ?」
わたしが少し歌ってみせると、トラップはふんと鼻を鳴らした。
「あれだろ?きぼうの〜あ〜さ〜だ…ってやつだろ?」
「……………」
「ああ?」
わたしが口をパクパクさせていると、トラップは不機嫌そうな顔してにらんできた。
「な、な、なんでトラップが知ってるのー!!!!もしかして、学校で習った?」
「別に習ってねえよ。そんな変な歌。おめぇがよく歌ってたじゃねえか」
「うそっみんなに聞いてもわからなかったのに。トラップって記憶力いいんだね!」
「はああ?おめぇのせいで勝手に覚えちまったんだよ!おら、腹へったし行くぞ!!」
トラップはわたしが抱えていた原稿を奪い取ると、ますます早足で歩き出した。あっ待ってよー!
あ〜でもすっきりした!もう一日中気になってしょうがなかったんだもん!まさかトラップが覚えてるとは思わなかったよ。
あ、でもトラップよくわたしの部屋で昼寝してるもんね。自然と覚えちゃったのかな。
やっぱり次のフレーズが出てきたら、自然と思い出してきた!
わたしが上機嫌でその歌を歌いながら歩いていると、トラップに早く行くぞ!ってまた怒鳴られた。
「ったく、そんな変な歌歌いながら歩くなよなぁ」
トラップはまだブツクサ言ってるけど、わたしは今すっごく機嫌がいいのだ。
「ありがとっ!トラップ!!」
さあ、原稿も間に合ったことだし、気になって気になってしょうがなかった歌も思い出したし、今日のメニューはちょっと豪華に猪鹿亭名物ミケドリアのシチューにしようかな!
「ちぇっ調子いいやつ!」
トラップと二人で印刷屋さんに向かいながら、わたしの頭の中はすでにミケドリアのシチューでいっぱいだった。
ああ、お腹へった!みんなわたし達が着くまで待っててくれるかな?あっちょっと待って、置いてかないでよー!トラップ!!