short
□夜とピアノと僕らの音
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「どんな感じ?」
「ん、こんな感じ」
始まりはアダージョ。
彼にしては素朴で、シンプルな旋律。
僕は、彼の譜面にはとても見えない殴り書きのようなメロディを追って、口を開いた。彼の清書してない譜面を読めるのは正直僕だけだと思う。
「あ、スギ。次は、ラ・ラー、フンフンウンッって感じで歌って」
僕がその通りになぞると、レオはうんうん頷いて、そのまま駆け上がるように、鍵盤を叩き出した。
譜面に書かれていないところまで達して、僕はただ彼の滑るような指先やキラキラと光るような瞳を見ていた。
あ、今なにか降ってきたんだな、とわかった。レオは猛スピードで譜面にミミズがのたくったようなしるしを書いては、ピアノの鍵盤を鳴らしている。
僕はこういった瞬間、いつだって、ああかなわないなと思うんだ。
僕にはこんなコード進行はとてもじゃないが思い浮かばない。彼は本当に天才だと思う。
同じ作曲家としてのプライドはそのたびにズタズタだ。
サビの繰り返しに入ったとき、僕は適当に歌詞をつけてメロディを歌う。レオはキラっと目を輝かせて、鼻歌でコーラスをつける。
この才能がどうして僕にはないんだろう。そんなことを考えて暗い気持ちになる事もある。
でも、それと同じくらいに、彼が僕のこの歌声をきっかけに、こんなに輝くような音を生み出しているんだ、と思うと本当にたまらないくらい誇らしい気持ちになるんだ。
ドキドキする。僕らの音と音が重なり合って音楽になる。
レオと一緒に作業をするといつも邪魔される、と愚痴ると、決まって別の部屋で仕事したら?と言われるんだけど、僕はかたくなにそうしてこなかった。
それは、きっとこういう瞬間に立ち会いたいからなんだ。
気がつくと、曲が終わっていて、僕はふーっとため息をついた。
「おおお!今のよくなかった!?ちょっと組み立ては考えなきゃいけないけど」
「そうだね。楽器は何使うの?金管派手に入れたいなあ!」
ひとしきり二人ではしゃいだあと、レオは眠くなったのかまた椅子の上に寝転んだ。
「ねぇ、スギのはどこまで進んだ?見せて。………ぶはっ!なにこれクサっ!」
「うるさいな!君にはこんなロマンチックな歌詞書けないだろ!」
「うん、とてもじゃないけど書けないよ!やっぱり君は天才だ!」
レオはひとしきり笑った後、トロンとした目を擦った。
「なースギ、歌って」
「君ねぇ。寝るならちゃんと布団で寝なよ」
「じゃあ、枕元で歌ってくれる?」
「ばか」
彼は盛大なあくびをして、フラフラと立ち上がる。
「僕さぁ。自分で思ってたよりスギの声が好きみたいだ。聴くとさぁ。音があふれ出して来るんだ。ほんと、尊敬してるんだよ」
彼はまたあくびをして、スタジオを出て行った。
「僕はとてもそんな風には歌えないから」
僕らは相棒で、ライバルで、そしてどこまでも似た者同士のようだ。
僕だって、眠る時は君の作った子守唄が聴きたいんだからね!
明日の夜には、僕も言ってみようか。君の作曲の才能を尊敬してるって。君の作った曲が好きだから、僕専用の子守唄を作ってくれって!
インスピレーションと高揚感。そしてほんの少しの素直な気持ちを与えてくれる、夜の力を借りれば、言えてしまうような気がするよ。