小説

□序章
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 ああ、これは夢だ・・・
 まだ小さい頃、いつも隣で遊んでいたあの子がいるんだもん。
 まだ3人じゃなくて、2人だった頃。
 懐かしい、記憶の彼方。

「泣かないで。ね?」
 彼が屈んで座り込んで泣いているあたしに微笑みかけてくれる。
 それは春の陽だまりのような暖かさで・・・


***

「・・・ゃん!!・・・ちゃんってば!」
「〜ろくん・・・ふにゃ・・・。」
「ブラックちゃんってば!!」
「ふわあッッ!!?」
起こされた。
鮮やかな金髪とエメラルドグリーンの瞳が陽の光で眩しい。
「な、な、な・・・!?」
「もう!またこんな所で寝て!」
「あ、あれ?し、しろくんは?」
「・・・」
「・・・」
「ははーん」
にやりとあまり上品でない笑みを浮かべる。
「また『王子様』でしょー!」
ベルが奇しくもあの時の彼の様に屈んでこちらを覗き込んでくるが、似ても似つかない。
「・・・夢、かぁ。」
知らず知らずため息が出た。
「む?私の事は無視なの!?」
ベルは大袈裟に驚き慄いているがどうせフリなのだから気にする必要など無い。
「あと『王子様』なんかじゃないから。そもそも顔も名前も覚えてないんだから・・・」
「つまんないのー」
この友人は人の大切な思い出を物語か何かと勘違いしているのではないだろうか。
「で、あたしの夢の事なんて別にいいのよ。何の用?」
「用って程じゃないんだけどさー」
と視線をどこか遠くに投げかける。自然とその先を追うと見慣れた家々が見えた。
「明日でこの町ともブラックちゃんともお別れなのかなーって思ったら・・・」
「そんな、今生の別れってワケじゃないんだから・・・」
「うん。でも・・・ね。」
「それに別々に行かなきゃ行けないわけでもないじゃない。チェレンなんかはさっさと一人で行っちゃいそうだけど。」
「あはは。そうかも。」
「・・・一緒に行く?」
「・・・ううん。やめとく。
私、ブラックちゃんと一緒だったらきっと甘えちゃいそうだし・・・それじゃ、お父さんを振り切ってまで旅に出る意味、無いから。」
その碧の瞳に意志の光が灯る。
こうなるとこの幼馴染はテコでも動かない事を私は知っている。
「・・・そうだよね。ごめん。」
ついその視線から目を背けてしまった。何だか眩しいものを見たような気分だ。
「でもブラックちゃんにしては珍しいよね。」
「・・・あたしも、ちょっと不安なの、かな・・・。明日から一人でこのイッシュを旅するの。」
真っ青な空を見上げると、真っ白な雲が流れていくのが見えた。
「ブラックちゃんでもそうなんだ。」
「・・・なにそれ。」
「だって何時も強気で弱音なんか吐かないのがブラックちゃんじゃない。」
「あたしを何だと思ってんの・・・?あたしだって・・・」
「でも、」
「?」
「楽しみだよね!!」
二人で笑いあう。


そう、楽しみなんだ。
ずっと待ち焦がれてた。

あした。
明日、あたし達は町を出て旅立つ。

ポケモントレーナーとして、
このイッシュを巡る旅に。

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