絶対零度の境界線

□彼について。
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『うわぁ、またゴマすってるよ。冷水さん』




冷水。
その名前に箸を止め、違う意味でコソコソと騒がしい奴らと同じく、廊下側の窓へ視線を向ける。

そこには女教師と笑顔で話をする冷水の姿。
段ボール箱を持っている所から、またいつもの『点数稼ぎ』をしているのだということは、
大体の三年は瞬時に理解できることだろう。

教師達の好感度は高いが、生徒達の好感度は低い。
冷水に原因がある事は解っているが、それでも同じ部活の仲間が悪く言われるのは、
決して良い気分ではない。




「笠松…顔。眉間に皺寄ってる」

「……。」

「相変わらず言いたい放題言われてるな、冷水」



小堀と森山の苦笑を横目に、唐揚げに箸を刺す。

1度、二年の始めに聞いた事がある。
何故『そういう事』をするのか、
あんな事を言われて嫌ではないのか。
冷水は顔色一つ変えず、淡々と俺に言った。

『成績に良い影響を与えるかもしれないから。
だから、彼らの言うことは事実。特に思うことは無い。

というか、どうでも良い』


秀でる者は疎まれる。
そうでなくても、才能があるからだとか、環境が良いからだとか…
しょーもない線引きを既に引かれている。
それを良い意味で無くすには、自分自身を知ってもらうのが一番手っ取り早い。

努力なくして結果は無い。
まぁ、恐ろしく才能がある奴は、その分野に関する努力はほんの少しで済むらしいが、
俺は未だそんな奴に出会ったことはない。
冷水の成績は一年の時からずっと1位に名が刻まれている。
体育で上位5位まで貼り出される女子の様々な競技記録でも、冷水の名は必ず一番上にあった。
頭脳明晰、運動神経抜群。
どちらかを才能の所為にしても、残った方は正真正銘の実力だ。

どちらも才能ということは無い。
冷水は一年の時から、毎休み時間問題集を広げているし、休日部活のない日は必ず軽く走っているらしい。
前者は冷水と同じクラスだった森山情報だが、後者は一度だけだが、俺がたまたま目撃した。

冷水は努力家なんだと思う。




「頑張り屋、なんだけどなぁ冷水は」




「ちょっと悲しいな」と苦笑する小堀に俺も森山も肯定する。

冷水が何故、そんなに勉学に執着するのか、俺達は知っている。
そのために、見えない努力をしている事も…。
マネージャー業務も、冷水は弱音一つ吐かず、辛い顔も見せず、一人で全てをこなしている。
その裏にも、きっと冷水なりの努力があるのだろう。俺達がまだ知らないだけで。




「笠松」

「…お、う」

「よ、冷水」

「今日も綺麗だね」

「こんにちは、小堀、森山」




次の授業のため、教室を出た時聞き慣れた綺麗な声。
振り返ると意外と近かった距離に、言葉が詰まった。
森山の口説きはいつも通りのスルー。
そんな相手にも律儀に挨拶するのは、相変わらずだ。




「笠松、コレ監督から。今季のレギュラー表とそのメニュー。」

「あ、ああ…サンキュ」

「どういたしまして。……」




受け取って、感じる視線。
そういえば、部活以外でこうして会うのは初めてだ。
一方的に見かける事はあるけど。
……、つーか見すぎじゃね?
視線が合ってねーのがせめてもの救い……




「っ?!」

「…ここ、チョークの粉付いてる」




言いながら、冷水が胸付近のカーディガンに触れる。
スルリとカーディガンの下に左手を入れ、白い部分を上から右手で叩いた。
つーか……近いっ。




「…ん、取れた。…?笠松どうしたの?」

「いや…別にっ」

「?そう。それじゃぁ、また部活で」

「お、う……」




「森山と小堀も、またね」二人の返事を聞くと、冷水は早々に去っていった。




「あー…笠松、お前…大丈夫か?」

「メニュー表、しわくちゃだな…」




小堀の言葉にすぐさま手の力を抜く。
用紙の半分がシワだらけになっていたが、読める程度にはとりあえず無事な事に安堵した。
…心做しか、湿っているような気もするが。

「だが、気持ちは解るぞ笠松!」と肩に手を置いてきた森山は、またよからぬ事を言い出すに違いない。




「あんな美女に急接近され見つめられたら男なら誰でも」
「うるせぇ!!シバくぞ!!!」




案の定、余計な事を言い出した森山のせいで、さっきのやり取りがより鮮明にフラッシュバックする。
熱い、熱すぎる…。そして猛烈に恥ずい。

恐らく赤いであろう顔を片手で覆い、大きく息を吐く。
それでもやっぱり、活発に動く心臓に変化は無かった。




「そういえば冷水の弟、最近よくチョークの粉付けて帰って来るんだってさ」

「なるほど、それで笠松のも気になったんだな…。時に笠松、冷水はどんな匂いだった?」

「もうお前黙れ、頼むから」




俺、海常高校三年 笠松幸男は
片想い二年目を迎えた。

……見ての通り、道のりは長い。


―【恋路】―
 

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