イヤホンとアイスとヘッドホンと猫

□【い〜ち】気がつくと絡まってる。
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ペシ…
ペシペシッ
ペシペシペシペシッ

んやねん…。




「ーッ!ーーっ」




薄目に入った褐色の指に、あぁもうそんな時間かと突っ伏していた上半身を起こす。
寝ぼけ眼で見る目の前の男は焦ったように口を動かし、何かを訴える。
が、残念ながら私の耳はイヤホンが貸し切っとるためお前の言葉は受付けまへん。
また来週〜。

再び突っ伏そうとした頭は、中途半端な角度で止まる。
地味に痛い頭部五箇所。あと首。
視界にある木目と、ノートの上に乗った褐色のデカイ手。
なんやお前机と色殆ど変わらんやんけ。保護色か。




「…3問解いた?」




再び上半身を起こし、イヤホンを取る。
つーか手離せや、なんで乗せとんねん。

「おう」と自慢げにノートを開く。
合っているかどうかは置いておいて、一応解答済みの真新しいノート。
……いやコレ全部間違っとるやん。
1学期のこの内容、しかも中学の範囲で間違うってこれから大丈夫なんかコイツ。
つーかなんで入学できてん。
なんやその犯罪者面で責任者とかカツアゲでもしたんか。




「ん」

「サンキュ」




机の中からノートを出し、バカに手渡す。
お礼を言ったその声は、どこか、嬉しそうで。
たぶん、笑っとるんやろう。
その顔は、今日も見えない見る気もない。
コイツめっちゃデカイし、見るだけで首ダルなるわ。いやマジで。

隣席に着いて必死にシャーペンを動かす姿が、片方の視界を占領する。
コイツホンマ…似合わんわぁ。
つーかシャーペンちっさ。
……あ、なんか絵面じわってキタ。
アカンでこれ笑ってまう、目に毒や。閉じとこ閉じとこ。


チャイムの音で意識が浮上する。
それと同時に煩い教室でも妙に響いた引き戸の音に、意識は完全に覚醒した。
片方の眼前には机に突っ伏した巨体が。
今日も無事写し終わったことを、全身で語っていた。
つーかまた持っとるやん。
ノート返してから寝ろや。何回言わせんねん、そろそろハッ倒すぞ。




「きりーつ」




前からかかった号令に腰を上げ、頭を下げる。
再度席に座り、欠伸を噛み殺した。
担任の話を聞き流し、目尻を拭う。
最初の授業で使う教材を机上に出し、しょーもない教室内をぼーっと眺めた。

アレ、そういえばノート足らんやん。
どこやったっけ?ヤバいぞ提出やのに……
ちゃうわ、アホが持っとるんやった。
チッ、無駄に焦ったやんけ、コイツホンマしばいたろか。




「今日の連絡は以上だ。日直ー」

「きりーつ」




ホンマにコレ2回もやる必要あんのか?昔から思っとったけど。
いらんやろ。
まぁエエや。教師来るまで寝とこ。
……やっぱお絵かきしよ。




「あの…群青さん」




お絵かき張を引っ張り出し、前回描いたイラストに修正を加えていると、控えめに聞こえた自分の苗字。
内心『邪魔すんなや』なんて思いつつ、顔を上げるとお下げ髪女子。
アンタ誰。




「なに?」

「えっと…数学のノートを集めないといけなくて……」

「あぁ。ちょっと待って」




何故か視線を逸らし、俯いて発せられた内容に、宿題の事だと理解する。
鉛筆を置きお絵かき張を閉じて席を立つ。
隣席へ体を向けた。
爆睡中のこのアホからノートを奪還せねば。
「青峰」と肩に手を置き声をかけるが、案の定反応無し。
小さな溜息が出た。
肘に敷かれた2冊のノートに手をかけ、肘にも手をかける。
肘を軽く持ち上げて、僅かに出来た隙間からノートを引っ張り出した。
「んぁ?」と顔を上げようとした紺色の頭に手を乗せ「まだ寝てて良いから」と、その長い腕の中に軽く押し込む。
誰だって気持ち良く寝てるとこを、邪魔されたくないやろ。

再び寝息が聞こえ、頭から手を離す。
てか早いな、のび太かお前。
2冊のノートをお下げに渡す。
何故かお礼を言い受け取ったその子は、「あ」と声を零した。




「群青さん。青峰君…名前書いてないんだけど……」




知らんがな。
なんで私に言うねん。

見せられたノートには、確かに男子特有の汚い字で数学と書かれている以外何もなかった。
コイツマジ提出する気あんのか。
あんだけ縋って来たくせに。

お下げからノートを取り、自席に座る。
ペンケースからネームペンを取り出して、ノートに走らせた。
数学の下に自分の筆跡で、自分の苗字じゃない文字が並ぶのを見て、不細工な表紙やと思った。
1-B 青峰 の文字に、そういえばコイツの名前なんていうんやろ、
と一瞬記憶を辿るが、わりとどうでも良い事だと気づいて、思考を中断させる。
ノートを再度お下げに渡した。




「群青さん、字綺麗だね」

「…どうも」




驚くお下げに短く返し、お絵かき張を開いた。
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