黒猫の生き方

黒猫桃の花
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バシャッ

そんな音が頭に響いた。
一気に重みを増し、肌に張り付く髪。
自分が濡れていると気付くのに時間は必要なかった。




『……。』




頭上で笑い声が聞こえる。


ああ、なんて穢い声。


やはり慣れないその声を不快に感じながら、床に映る無表情な自分を一瞥する。
憎たらしい程澄んだ水面に安堵して、自分と同じ状態の眼鏡を定位置に戻した。
そこで、午後の授業の予鈴が鳴り、頭上で穢い言葉を発していた影は慌しく去っていった。

服を叩いて水滴を落とす。
高額の防水スプレーのおかげで染みてすらいなかった。
ただ、髪まではさすがに防水加工はできないため、リュック(防水加工)からバスタオルを取り出し、髪を絞る。
尾てい骨まである髪は、ものの数分では乾かない。
ある程度水気を取ると、タオルを肩にかけたままトイレを後にする。
初の選択授業でこの格好は、些か失礼だが事情を話せば他の教師同様、許してくれるだろう。

目的の教室に着いたのは授業開始2分前で、遅れずに済んだことに安堵する。
扉を開けると、既に教師らしい桃色の女性が笑顔で出迎えた。




「こんにちは。夜神フユキさんだよね!」

『はい』




肯定すると、何がそんなに嬉しいのか更に笑顔を深め、中央列一番前の席に座るように促した。
席に着くと、彼女も教卓へ着席し笑顔のまま口を開く。




「私は桃井さつき。
担当は主にこの情報収集・整理なんだけど、時々他の情報系の授業のお手伝いもしてるの。
この授業ってぶっちゃけ人気なくて…だから、夜神さんが選んでくれたって知った時私すっごく嬉しかったんだ!
2人だけだけど、これからよろしくね!」

『はい、御指導と御鞭撻の程よろしくお願いします。桃井先生』




差し出された手に、自分のそれを重ねる。
一瞬目を丸くした彼女を一瞥し、手を離した。
教科書を取り出す為、リュックに手をかけると、遠慮した声音で名前を呼ばれた。




「その…髪、濡れてるみたいだけど……なにかあったの?」

『すみません。
実は昼休みの終盤で水をかけられてしまいまして。
教室を汚してしまうといけないので、タオルをかけるのを許可して頂けないでしょうか?お願いします。』

「……」




何も応えない彼女に、下げていた顔を上げると、眉を寄せた悲しげな顔があった。
最近はこんな顔ばかり見る。見慣れた顔だった。
あの人が言っていた。
この表情が出来る人は、とても《優しい人》なのだと。


この人も、きっと、とても心が暖かい人なんだろうな。


そして、彼女もまた決まってこう聞くのだろう。




「夜神さん……もしかして…いじめられてるの…?」

『何故そう思うんです?』

「…だって……その…」

『…水をかけた彼女達が故意的だったのかそうでなかったのかは、判断しかねます。』

「……その子達はちゃんと夜神さんに謝ったの?」

『いいえ。
謝罪ではありませんでしたが、何かは言っていました。
私はあまり聞いていませんでしたが』




その言葉に、彼女は「そう…」と小さく呟き、目線を教卓へ下げた。
秒針の音が教室内に響く。
何を考えているのか解らないが、彼女に声をかける。
ゆっくりと顔を上げた彼女の表情は、やはりまだ曇っている。




『授業はなさらないのですか?』

「え、あー…うん!今日は夜神さんといろんなお話をする時間にしようかなって!」

『そうですか』

「次回からちゃんと授業に入っていくから、大丈夫だよ!」




そこからは、授業内容の説明と彼女の交友関係や趣味、質問など、本当に只のお話で終了した。
彼女は他の教師や生徒とはどこか違うように思う。


あんなにも終始笑顔で話す人、初めて見た…。


『失礼しました』と礼をし扉に手をかけると、慌てた様に引き止められる。




「私殆どココで仕事してるから、いつでも来てね?」

『…はい』




何故そんな事を言われたのか、解らない。
笑顔で手を振る彼女の事は、きっと最後の授業まで理解出来なさそうだと思った。







黒猫桃の花

(W笑顔が素直な人は、幸せな人Wだから)

(仲良くしてはいけない)

(私はW壊すWモノだから…。)
 

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