黒猫の生き方

桃の花黒猫を想う
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「夜神フユキさん…か…」




生徒書類の無表情な彼女を親指の腹でなぞる。
職員室に繋がる教員用の休憩室で、午後1に初対面を果たした彼女とのやり取りを思い出しながら、甘い珈琲に口をつけた。

趣味は読書で、好きな物はお茶全般、嫌いなモノは無く、得意教科は強いて言うなら国語……




『て、コレ全教科ほぼ満点じゃない!』




98〜100までしか印字されていない成績表を見て、思わず声が漏れた。
順位は言わずもがな堂々の1位。

ウチの学校のテスト、結構難しいはずなのに……。
うわ…2位との差10点以上ある。凄いなぁ、圧倒的だ。
あ、ホントだ。国語は毎回100点…。




『おぉー、体育も凄い…リコさんから10を貰うなんて』

「夜神さんですか」

『っ?!』




あっぶない…珈琲吹くとこだった。
って!




『テツくん!?えっ、いつから?!』




前のソファに腰掛け、両手でマグカップを持っているテツくんは、「ついさっきです」とゆっくりとソレに口をつけた。
中身はきっとホットミルクにバニラエッセンスを入れたモノだ。




『とゆうかテツくん、夜神さんのこと知ってるの?』

「はい。担当クラスなので」




テツくんの言葉に私は『あぁ』と思い出す。
テツくんは国語と選択科目《読解》の担当だ。
そういえば、B組の国語はテツくんが担当だったな。




「それと、選択授業も」

『え、そうなの?』

「はい」




選択科目の欄に目を落とすと、確かに私の担当科目の横に《読解》の文字が。『ホントだ』




「まぁ、生徒は夜神さん1人ですけれど」




頬を人差し指で掻くテツくんに、フフッと小さく笑みが漏れた。




『私程じゃないけど、テツくんの教科もマイナーだからね』




二年生で新たに与えられる《選択科目》は、多種多様な教科が用意されている。
理由も様々で、生徒一人ひとり知識の幅を広げるためとか、
普通科の点数では評価を補えない生徒のためとか、受験者のため、などなど…。
ちなみに、何故テツくんのもつ《読解》がマイナーなのかというと、
国語系の科目を選ぶ殆どの生徒は、受験を見据えているため、必要なモノが全て学べる《総合国語》を選択するからである。
《読解》のみを重点的に学びに来る生徒はほぼいない。
何故なら《総合国語》に入っているから。




「彼女、他には何をとっているんですか?」

『えっとねー……《コミュニケーション英文法》と…《作法》だって。
担当は…タカりんと赤司くんだね』

「凄いですね」

『ホント、初回以来だよね。生徒入ったの』




初めて《作法》が選択授業に加わった時、あの赤司理事長が担当するとのことで、物凄い数の生徒がこの教科を選択した。

しかも、過半数が女子生徒。

けれど、あの赤司くんだ。不純な思いで授業を受けに来た生徒には容赦がなかった。
ただでさえ学習内容が広く、量の多い《作法》の授業。
勿論、定期テストもあり、更には一週間に1度はペーパーテストと実技テスト、という過酷なスケジュール。
赤司くんが直接手を下さずとも、自然と生徒は他の教科へ移動していき、生徒数は片手で収まるほどに減っていった。
半年も経たずに。

近年では、生徒は一人も入っていない。




『確か昨日《作法》の授業があったような…』

「そうなんですか?今日の夜に彼女のこと聞いてみます」

『あ、私も聞きたい!』

「では、晩御飯が終わった後に二人で部屋に訪ねてみましょうか」

『うん、そうしよう!』




それから少し他愛もない話をして、6時間目終了のチャイムが鳴った。
テツくんは次の授業があるらしく、マグカップを洗ってから部屋を出た。




『それにしても……』




再び、夜神さんの資料に視線を落とす。

見事に不人気…選択数の少ない科目ばかり選んでる…。
しかも統一性を感じない。

普通の学校では、選択科目はそれ程多くはないだろう。
だけどこの学校は、赤司くんが理事長に就いてから方針が変わり、
教師も授業内容も教科書まで、ありとあらゆることが変わったらしい。
そのおかげで、この学校は今では全国一の受験者数と偏差値を誇る学校としてその名を轟かせた。
赤司くんの知名度も更に上がった。

まぁ、そんなこんなで、ここの選択科目は一風変わっているのだ。
先の様々な理由で用意された選択科目は、本当に多種多様だ。
そのため、選ぶ科目によって大体の選択理由がわかる。

受験を考えた選択なら、《総合》科目だし、
基本教科の低成績を考えた選択なら、実技が主である《体育》や《家庭科》を選ぶだろう。

選択数は最大4つまで。
けれどまず、2つ以上選択する生徒は殆どいない。いても3つまでだ。
4つ選択するなんて、彼女ぐらいだろう。本当に珍しい。
しかも、科目内容からは何がしたいのか、全くもって読めない。

《読解》は…まぁ、読書が好きって言ってたし……。
《作法》は……まぁ生きていく上では絶対にためになるよね……夜神さん礼儀正しかったし。
でも私の教科とタカりんの教科は?
英語系と情報系って……




『うーん……分かんないなぁ。
やっぱりただ選択者数が少なかったから?』




今度の授業の時に聞いてみようかな?


すっかり冷めた珈琲を一気に飲み干し、カップを洗う。
ふと窓を見ると、向かいの棟とこちらの棟を繋ぐ渡り廊下に、二時間前も見た少し大きいリュックを背負う夜神さんが歩いていた。


夜神さんの事、テツくんに言えなかったな。










『何故そう思うんです?』


『…水をかけた彼女達が故意的だったのかそうでなかったのかは、判断しかねます。』









本人がいじめられてると認識していなければ、それはいじめではない。

どこかでそんな言葉を聞いたけど。
まだ決定的な瞬間を見てないから、私には何も出来ない。してはいけない。
夜神さんがそれを望まない限り、私にはなにも出来ないのだ。
自分も経験があるから、尚更もしそうなら救いたい。
高校ではそうでもなかったが、中学では酷かった。
彼らの所為と言うつもりはないし、思ってもいないが、原因ではある。
けれど、私にはいろんな人達の救いがあった。
マネージャーとして働く私を認めくれ、笑顔で接してくれる友達やマネージャー仲間。
キセキの世代なんて謳われた彼ら。

彼らの言葉や支え、救いの手がなければ、今の私はいないだろう。壊れていたに違いない。

夜神さんにはそういう存在がいるのだろうか。

彼女は強い娘なのだろう。きっと私なんかより、ずっと。
彼女の向日葵色の瞳と合ったとき、直感した。
そのなんの感情も読み取れないソレは、もう彼女の身体の1部と化しているのだろうか。
剥がれる日が来れば、良いな。

夜神さんの笑った顔、見てみたいな。
きっと綺麗だ。ううん、絶対。


視界から消えた夜神さんのすっかり乾いた黒髪は、どこか輝いていて、とっても綺麗だった。











桃の花黒猫を想う

(アナタが望むその日まで)

(あの教室で待ってるよ)
 

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