鬼神さまと荒神さま

□下らない因縁ほど根は深い
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『叉羅さん、何故私との結婚を拒むんですか?私が嫌いですか?』


『いや、好き嫌い以前に、会ったばかりで知らないし・・・まだ、荒神として未熟だから学ぶこといっぱいあるし・・。』


『なら、知ってください。私の近くに居て、私という男を見てください。解らないことも教えてあげます。
 直ぐに此処の就職手続きを済ませましょう。』


『なに言ってんの!?鬼灯君!そんな勝手なことしたら、三宝君に怒られちゃうよ!』


『ご心配なく、策は考えてます。それに閻魔大王は慣れてるでしょう?怒られるのは。』


『君からも怒られて、更に他からも怒られなきゃいけないの?』


閻魔の嘆きも知ったこっちゃないと、鬼灯は叉羅を執務室に連れて行った。
中に入ると、叉羅は捕まれた手を振り払う。


『鬼灯さん・・・私、まだ承諾してないんですけど。強引しすぎやしませんか?』


『鬼とはそういうものです。いいじゃありませんか、この就職難の世の中
 第一補佐官推薦の高官職なんて滅多にありませんよ?』


『そんな、あっさり決めても良いんですか?重要書類とかあるでしょう。
 貴方や閻魔様の仕事に支障を齎す事になっても知りませんよ。』


『そんなに甘い管理はしてません。其れに貴女には私の補佐をしてもらいますから。
 私の目の届くところに居て貰います。』


『補佐官の補佐って・・・・。』


鬼灯は自分の机の引き出しから、ガサガサと大きい封筒の束を取り出した。
中から細かい字がびっしり書かれた用紙を取り出し、横にペンを置く。


『此方に座って、此処に署名をしてください。仕事に必要な物や、私室の準備は後日行います。』


しかし、いかにも不服といった表情で動かない叉羅に鬼灯は溜息を吐いて近寄った。


『早くしてください、でないと今すぐ婚姻届書かせますよ?』


鬼灯の目力と物騒な言葉に叉羅は真っ青になり、慌てて机に向かった。
椅子に座り、ペンを取ってざっと書類に目を向けてから首を傾げ
二枚重なっていた紙に目を通した後、其処の署名欄に名前を書く。


『綺麗な字ですね。』


いつの間にか後ろに立って、鬼灯が覗き込んでいた。
耳元で聞こえたバリトンボイスに肩を震わせると、その肩を優しく掴まれる。


『おまけに理解力もあるようだ。あの文章をざっと読んだだけで下が本物だと認識出来るとは。』


鬼灯が渡した紙の一枚目は実はフェイクだった。
頭が痛くなるような細かく難解な文字を見させられれば、誰だって心理的に理解することを拒否し気軽にサインをしてしまう。
訳も解らず連帯保証人になってしまったり、サラ金に手を出して借用書を書いてしまうのも同じ。
一枚目は、難解と見せかけ後半はかなり適当な事を書いていた。彼女の理解力を試す為に。

勿論、これで引っかかっても手放すつもりはなかった。重要な仕事は任せられないが、やることなど探せば幾らでもある。
だが、これは思った以上に良い拾いモノをしたのかもしれない。

鬼灯は緩く手を解くと、つつっと服越しに彼女の腕を指先で辿った。


『・・・っ、鬼灯さん!いい加減、セクハラめいた言動はやめてください!私はあくまでも貴方の補佐ですよ!?』


『ええ、解ってます。』


『だったら、書いたんだから今日はもう帰らせて頂きます!』


真赤になって怒る叉羅に鬼灯は激しい加虐心が生まれた。
震える肩が、熱のこもった身体が、憎まれ口を叩く可愛い唇が、

―――――どうしようもなく、愛おしい。


《ああ・・・食べてしまいたい。》


立ち上がって鬼灯の身体から離れようとする叉羅の肩を再び掴んで、机の上に押し付けた。
バサバサっと書類の束が落ちるが、そんな事どうでもいい。


『・・・ッ!何、を・・・。』


目を見開いた叉羅にはいつも以上に無表情な鬼神が自分を見下ろしている姿が映った。
だが、会ったばかりの彼女には、その男の漆黒の目に熱が篭ってたなどと気付くはずもない。


『一つ、言っておきますが・・・・。』


ゆっくりと近づく流麗な顔に、叉羅は頭が沸騰しそうになる。


『貴女が私の秘書になっても、貴女への求愛は止めるつもりはありません。寧ろガンガン行かせて頂きます。』


怯えや羞恥ではなく、怒りで目を真っ赤にしている叉羅。
この顔を、快楽に歪ませたい。
この厳粛な仕事場で、恋仲でもない一方的に想いを寄せてるだけの娘を、力づくで犯したい。

閻魔大王の代理とも言うべき自分が、恋をしただけで此処まで壊れるとは思わなかった。


『叉羅っっ!!無事か!?救けに・・・って、何やっとんじゃァァァァ!!貴様ぁぁぁ!!!』


『!!三宝様っ』


『チッ』


執務室に飛び込んだとたん、大事な孫を押し倒している鬼神に怒りの声を向けた。
鬼灯は舌打ちをして「すみませんでした」と上辺だけの謝罪をすると、漸く離れた。

帰るぞ!と踵を反す三宝の後を出て行こうとする叉羅の腕を掴んだ。


『この契約書は、私の許可が下りない限り無効にはなりません。貴女は明日から秘書として私の手伝いをして頂きます。』


『・・・解りました。』


其れと・・と、鬼灯は続ける。


『先程の言葉は本気ですから・・・覚悟しておいてくださいね?』


『・・・ッ////失礼します・・・っ。』


叉羅は鬼灯の手を振り払うと、急いで三宝の後を追いかけて行った。
鬼灯は目を細めながら、その後ろ姿を見送る。熱くなった気持ちを落ち着ける様に。


(あの時の叉羅さん、最高に可愛かった・・。永久保存版にしたい位に。)


もう、何度も夜のおかずにさせてもらったと心の中で下世話な事を考えてる中、
閻魔と桃太郎の会話は鬼灯と白澤の確執の話題となっていた。


「やっぱ、2人の仲が凄く悪いって叉羅さんが原因なんですか?」


「いやあ、元々2人の仲は良くなかったんだよ。でも、叉羅ちゃん絡みで以前より激しくなっちゃって・・・。
 白澤君も、やっぱり似てる者同士で好みのタイプも同じだったのかな?やたら、叉羅ちゃんに言い寄ってたし。」


「そういえば・・・他の女性とは大分態度違っていましたね。」


今までの女性だったら、もっと軽い口調で口説いて、相手がその気になったらラッキー♪
その気にならなかったら、あっさり別の女性に意識を変えていた。
叉羅の気持ちは白澤に向いていないにも関わらず、彼は必死で彼女の意識を自分に向けようとしていた。
店でも、女性が居る時はいつも通りだが、居ないときは『叉羅ちゃん、今なにしてるのかな』
とぼやいてたと、桃太郎が言うと鬼灯の眉間に皺が寄った。


(あのエロ豚の審美眼は褒めてやりますが、勝手に私の女を懸想するのは気に食わない・・・怒)


不機嫌度30割増の鬼灯だったが、突然怒りは沈下し席を立ちあがった。
そして、執務室のドアの前まで行って止まる。その様子に閻魔と桃太郎は首を傾げた。


「・・・・なに、してんの?鬼灯君。」


「叉羅さんが戻ってきました。」


「え?」


桃太郎が何で解るんだろうと思う間もなく、ドアが開いて叉羅が入ってきた。


「ただい・・・わっ!」


「お帰りなさい。」


入ってきた叉羅の腕を掴むと、そのままギュッと胸に抱き寄せる。


「鬼灯君・・・叉羅ちゃんのセンサーでも付いてるの?」


閻魔の問いにも答えず、鬼灯は叉羅の手を握ると自分のデスクに誘った。
椅子に座り、叉羅を膝に乗せて後ろから肩に顔を埋めてジッとしている。


「鬼灯さん、なにやってるんですか?」


「ああ・・・チャージしてるんだよ。」


「チャージ!?」


「仕事ですり減った神経や疲れをこうやって・・癒してるんです・・・。
 一日に数回はやらないと、イライラが募って執務が捗りませんから。」


緩慢な口調で鬼灯が答える。


「叉羅さんと鬼灯さんってやっぱり・・・」


「付き合って「いませんよ。」・・・酷いですよ、遮るなんて。」


拗ねた口調で叉羅の肩にグリグリと頭を押し付ける。角が少し当たって、地味に痛い。


「いや、でも叉羅さんも嫌がらないし・・・為すがままになってるから。」


「下手に嫌がると悪化するのは解ってますからね。」


『大人しく私に膝抱っこされるのと、乳を揉みし抱かれアンアン鳴かされるのとどっちがイイですか?』(寧ろ後者希望)


「・・・こんな事言われたら言う事聞くしかないでしょ?」


「・・・・真顔で犯罪ストレートな発言出来るのって鬼灯さんぐらいっすね・・・。」


「ドンマイ、叉羅ちゃん。」


「ところで、閻魔さまも桃太郎さんも執務室に集まって何話してたんですか。・・仕事はどうしたんです?」


「叉羅ちゃんまで、鬼灯君みたいな聞き方しないでよ・・・。
 いや、桃太郎君に鬼灯君と白澤君の不仲な理由を聞かれてね。」


バツが悪そうな閻魔に叉羅は「ああ・・・」と頷いた。


「そういえば、私も知りませんでした。白澤さんもそうですけど、鬼灯さんなんか目に入った途端、豹変しますものね。」


逢った当初から、あの鬼灯がここまで激昂するのを初めて見たと叉羅は語った。
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