鬼神さまと荒神さま
□蟹とパンツと男と女
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叉羅はタンスの前で固まっていた。
彼女の目線の先には引き出しの中身にあった、大量のランジェリー。
だが、これは彼女自身が買ったものでもない。明らかに叉羅の趣味ではない。
直ぐにこれを放り込んだ犯人が解った彼女は、未だに自分の布団の中で夢を見ている鬼神を睨み付ける。
荒縄を取り出し、起こさぬようにゆっくりと近づいて行った。
鬼灯が出廷したのは始業時間を大幅に過ぎてからだった。
「あ、鬼灯くん?お早う、珍しいね。君が遅刻なんて。」
「叉羅さんに簀巻きにされて、金魚草の肥料にされかけました。」
「今度は何をやったの・・・。」
先日怒らせたばかりだというのに、目の前の腹心は全く懲りた様子も見せない。
閻魔はげんなりとした顔を向けた。
「頼むからさあ、あんまり叉羅ちゃんを刺激させないでよ。閻魔殿が破壊されるんじゃないかってハラハラしてるんだから。」
「可愛らしい立腹に、なにビビってるんですか?大王。そんなんで地獄のbPが務まるとでも思ってるんですか?」
「この前、その可愛い立腹の前で思いっきり土下座してたよね!?君!」
「家庭は夫より強い奥さんが居たほうが円満になるんですよ?」
「そういうセリフは結婚してからでしょ・・・。」
閻魔が「ああ、そうだ。」と思い出したように言葉を続けた。
「なんか、叉羅ちゃんが君が朝ご飯抜きかもしれないからって、執務室におむすびを置いとくって言ってたけど。」
「!行ってきます!!」
顔を輝かせ、すぐさま補佐官室に走っていく部下を閻魔は温かい目で見つめた。
叉羅と出会ってからの鬼灯は、時たま子供っぽい所を見せるようになる。
息子のように思っている(鬼灯に言うとドつかれるが)閻魔はそれが嬉しかった。
「叉羅さんの愛を感じられます。」
数分後、腹も胸も満たされた鬼灯が戻ってきた。
(なんだかんだ言っても、叉羅ちゃんも結構鬼灯君に甘いよね。案外本当にくっついちゃうかも。)
今は一方的な鬼灯の恋。
彼に思いを寄せる女性は沢山いたが、向けられた当人はその思いに心揺れることはなかった。
女嫌いという訳でもないのに、どんな美人だって艶めいた関係など一切ならない。
(叉羅ちゃんとくっついたら、きっと鬼灯君も家庭の温もりを知って、心が優しく)
ドゴ!!
突如、閻魔の顔を衝撃が襲った。
何度となく食らわせられた、チクチクとした針と冷たい触感・・・。
「って!いきなり金棒投げてくるのやめてよ!!」
「仕事をサボって妄想に耽ってる暇があったら手を動かしなさい。
私が叉羅さんと一緒になっても、貴方への厳しさは変わりませんよ。」
「何でワシの心の声、君が知ってるの!?」
「心の声?何を言ってるんですか。思いっきり口に出してましたよ。
私の折檻は最早趣味と地獄名物まで到達されているので、貴方の扱いはこれからも変わりません。」
「趣味!?名物!?」
「おや、知らなかったんですか。獄卒たちの周りでは既に恒例となってますよ『一日に必ず一回以上は飛ばされる閻魔大王』。」
「そんな形で名物にされたくないよ、ワシ!」
「さて、私は叉羅さんを見つけがてらに視察に行ってまいります。
亡者の経歴、振り先行の地獄と今日一日の必要事項は全てそこに纏めましたので
目ん玉磨いてしっかりと確認して、頭に叩きつけてください。」
「お願いだから、一回くらい話を噛み合わせてよ!さり気なく叉羅ちゃんに会うことを最優先してるし!
最後のセリフ、君が言うと凄く痛く感じる!」
閻魔の悲痛な願いも去っていく彼には届かなかった。
いや、届いているだろうが鬼灯が聞くはずもなかった。
三途の河原で、2人の子鬼が箒を片手に清掃作業を行っていた。
今ふと思ったんだが、この人員・・・もとい、鬼員の配置付け、かなり効率が悪くないか?
何でこの大きな河原掃除するのに人数が2人だけなんだ。
今度、人事部に掛け合ってみようと鬼灯が横ぎろうとすると。
「おに〜のパンツは良いパンツ〜、強いぞ〜強いぞ〜♪」
何とも軽快な歌声が彼の耳に届いてきた。
何となく足を止めて聞いていると、箒でリズムよく履きながら、茄子はワンコーラス歌いきっていた。
その後、何故かモラルがどうのこうのという話題に鬼灯のツッコミの虫がうずうずと疼く。
以前、サダコを逃がしてしまったこの新卒は能天気というかマイペースというか、見ている方がハラハラする程の鈍感ぶりだ。
いつも一緒にいる同期の唐瓜もよくフォローや補助をしている。彼がいなければ仕事に大いに支障が出ていただろう。
「ところでさあ、お前が歌っていた歌って何なんだろうな?趣旨がわかんねーよ。」
「え?鬼のパンツ制作会社の販促ソングじゃねえの?]
「・・・ちがいますよ。」
「あ!鬼灯様・・・・。」
我慢できずにとうとうツッコんでしまった。
此方に近づいてきた鬼神の上司に2人は姿勢を正す。
「さっきから内容が気になって聞いてしまいましたが、おしゃべりしないで仕事してください。」
「ごめんなさい。」
「あの、鬼灯様・・・『違う』って・・・?」
「ああ、その歌はもともと南イタリアのカンツォーネで日本語詞は後付けなのです。
一回は聞いたことあると思いますよ?『フニクリ・フニクラ』。」
「ああ、知ってる!フニ・クリ!フニ・クラ〜!とかっていうやつでしょ?」
「そうです。「フニクリフニクラ」というのは掛け声で、元は登山鉄道のアピールソングだったそうですよ。」
「へえ〜、鬼灯様は何でもよく知ってるんだなあ〜。インターネットみたい!」
「おま・・・っ、失礼なこと言うなよ!?ホント怖いモノ知らずだな!」
サラリと鬼神をマシン扱いする茄子に唐瓜は顔を青くして頭を叩いた。
漫才の様なやり取りに鬼灯は、2人の関係性を見出す。
「あなた達の立ち位置が何となく解りました。いいから、さっさと仕事を再開しなさい。」
「は、はい!只今!」
真面目で学級委員タイプの唐瓜は直ぐに掃除を始める。が、片割れのデール・・・もとい、茄子は。
「あ!蛇だ!スゲー!デケー!見ろよ唐瓜!!」
「いいから、掃除しろって!お前、よく鬼灯様の前でマイペース貫けるな!?」
この前もサダコを逃がして大目玉喰らったというのに、既に忘れてしまったのだろうか?
「・・・ある意味、最強ですね。彼は。」
「一緒にいるこっちの心臓が持たないっす・・・。」
何やらかすか心配で心配で・・・。
そう溢す唐瓜。何時か胃潰瘍になりそうだ。