他ジャンル夢

□真実は最高の嘘で隠して
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「劉禅様」


凛と透き通った声が私を呼ぶ。
躊躇い勝ちに振り向けば、思いがけず絶句してしまった。


「……………」

「……………」

「……………」

「………劉禅、様?」


綺麗な紅を彩る唇が不安げに形を変えて再び呼ぶ。
今度こそ返事を、と思ったが、曖昧に頷き返す事しか出来ず。案の定、彼女は物憂げに小さく溜め息を溢したのだった。


「──…やはり、似合わないでしょうか」


ぽつり、紡いだ言葉にはっとする。
彼女の事は幼少の頃から知っているが…、今までこんな弱気な声を聞いたことはない。
潤む眼を伏せた瞬間、ぽたりと滴が芝生に落ちたのが目に入り、慌てて歩み寄る。


「………星彩」


すまなかった、と謝罪しながら涙を拭った。


「…ごめん、あまりにも……──」


君が綺麗だったから、と続ける代わりに、抱擁で伝える。


「……本当に、良いのだろうか…」

「……どういう意味ですか」


口をついた言葉に、食い付くように反応を示され面食らう。


「本当に良いのか、って、どういう意味?」

「…星彩、」

「わたしは、劉禅様の妻に相応しくないのですか」

「!違う…っ」

「っ…じゃあ、」


どうして?
胸ぐらを掴み迫られ、一瞬怯みかけたが…、真っ直ぐに突き刺すその瞳が寂しそうに揺らいだのを見て気付く。
…あぁ。己の不甲斐なさにはほとほと呆れた。


「……関平が」

「……かん、ぺい?」


その名を聞いた途端、きょとんとした様子で目を丸くする。思わず苦笑を洩らすと、星彩は益々困惑の表情を浮かべた。


「彼奴が怒りそうでさ」

「…関平が、どうして」


その反応に少しだけ苛立ちを感じ、油断していた彼女の顔を両手で包むように触れた。此方を見るようにと少し上を向かせると、徐々にその頬に熱が集まっていく。


「……彼奴はね、君を好いていたんだよ」

「………!」


…自分でも思う。
何て幼稚な仕打ちを向けてしまったのだろう、と。
こんな話をした所で、彼はもういないのに。


「君が関平を慕っていたように、彼奴もまた、君を慕っていたんだよ」


残酷な言葉を紡いでいく己自身が痛い。覗き込んだ彼女の揺れる瞳に映ったその顔は、酷く歪んでいた。


「……それなのに、本当に良いのか…とね」

「……劉禅様…」


柔らかな頬をひと撫でして放した。
私には、彼女を護る力がない。寧ろ護られている。
…もし、関平だったら。
彼は武術に長けていたし、彼女を護れるだけの力は十分にあった。
生きていたら、きっと。
星彩は関平を選んだ筈だ。


「………すまん、」


言いながら背を向ける。我ながら情けなくなり、顔向け出来ないような気がしたのだ。


「…星彩、先に式場へ行ってくれないか」

「……………はい」


背後から返った小さな返事に頷き、気持ちを落ち着かせようと目を伏せた。
……途端、背に軽い衝撃が走る。


「っ…せい、さい!?」

「わたしには劉禅様だけですっ」

「…えっ?」


背後から回された腕に力が込もっていく。


「劉禅様だけなんですよ、今のわたしには…」


そう言い、ゆっくりと前方へと移動する。見上げる顔は切なく、しかし淀まぬ視線。目が合えば逸らせず、胸は鼓動が音を変えた。


「…護らせてください」


更にこの胸は高鳴り、速度を上げていく。


「貴方を最後までお護りするのは、わたし只一人でありたいのです!」

「……星彩」

「だ、だから…っ!」


そこまで捲し立て、急に声が詰まった。
…何と愛しいのだろう。
女人にここまで言われてしまうと、己の情けなさを嘆くよりも身に余る幸福を感じてしまう。


「……劉禅様…いえ、公嗣様」


落ち着きを取り戻したらしい彼女が、胸に手を当て片膝を着いた。


「わたしを貴方の妻にしてください。どうか、お願いします…───」


───言い終わるか否か、吐息ごと奪う。

…私も。
君を護りたい。最後まで。

数々の戦、失ってきた仲間。

その記憶は痛みとなって時々私たちを苦しめるけれども、これからはその痛みを分け合っていこう。

やっと手に入れた泰平の世を、共に護っていこう…───。





*





「──あ、そうだ…公嗣様」

「……あぁ」


思い出したように声をかけられ、どうしたものかと首を傾げる。


「………あの」

「うん?」

「…ひとつ訂正させていただきたいのですが」

「…訂正?」


はい、と義務的に返し続けた。


「…わたしがお慕いしていたのは関平ではなく……───趙雲殿です」

「…………………………えっ!?」

「公嗣様、良い式にしましょうね」

「………あ、あぁ…」










『真実は最高の嘘で隠して』




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