志士夢

□Stay with me,please.
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「小娘、お前は何故一度言ったことを覚えられない」


抑揚なく問われ、その威圧感に口を噤む他なかった。
この薩摩藩邸に身を寄せて三日、わたしは一度もこの人に褒められたことがない。まぁまだ三日しか経っていないから仕方がないよねって言われればそうだけど。事もあろうか、此処では四六時中と言っても良いほど、大久保さんと一緒にいる時間が多い。


「……ふぅ。頭の弱い小姓は要らぬ、とあれ程言ったのに…」


此方が黙っていれば、その口を衝いて出てくる嫌味の嵐。


「全く以て役立たずだな。坂本くんの依頼であればこそ追い出しはせんが」

「………」


あぁ、そこで龍馬さんの名前を出すんだ…。
途端にズキズキと胸が痛み出す。
わたしは元々寺田屋に御世話になっていたのだけど、つい最近龍馬さんへの襲撃事件が起こった。幸い、薩摩藩が助けてくれたお陰で皆の命は助かって、今は湯治の為に鹿児島に行っている。その折、龍馬さんの配慮でわたしだけ薩摩藩邸に逗留することになったのだ。
此処なら安全だから、と。
自分たちが危険な目に遭って、命を取り止めた事ですら奇跡だったのに、彼等はわたしを心配してくれていた。


「……………」


胸の辺りをぎゅっと握り締める。思い起こせば、あの人たちは只ただ優しかった。わたしが致命的な失敗をしても、誰かが傷つくような失言を発しても。誰も責めたりしなかったのだ…。


「…小娘、聞いているのか」


呆れたように声を掛けられ、黙って頷いて見せる。すると、腰掛けていた椅子の背にもたれ、不機嫌そうに眉を吊り上げた。


「お前の親は謝罪の仕方も教えなかったのか?」

「……え?」


わたしの、親?
思いがけない言葉に首を傾げて問い返した。彼はまたひとつ溜め息を吐き、「そうだ」と短く答え、更に続ける。


「だとしたら、お前の親もきっと頭の弱い愚かな…――」


ばちん、と渇いた音が鳴り響いて、その先に続く言葉は遮られた。代わりにわたしの右手がじんと痺れ、視界は膜を張ったようにぼやけて…。滴が頬に零れ落ちた瞬間、丸い目を向けた大久保さんが鮮明に映る。
…あぁ、とんでもないことをした。


「…わたしの事はともかく……お父さんとお母さんの事、悪く言わないでください…」


自分でも嘲笑っちゃいそうな位、小さな声だった。果たして彼の耳まで届いただろうか。


「……………」


睨むわけでも、怒るわけでもなく。只、驚いたようにわたしを見つめている。


「………ご、ごめんなさい…」


遡った熱が引いた途端我に返る。震えた足で一歩、また一歩と後退りながら、矛盾の謝罪を口にした。









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