志士夢

□命の系譜
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皐月の頃。

花片を散らされた小枝が萌え黄の葉を纏い始めた。屯所の中庭の桜もすっかり初夏の色で、仰ぎ見ればむせかえりそうになる。




「――土方さん」

「……あぁ、お前か」


彼奴の様子はどうだと訊ねると、複雑な笑みを浮かべて小首を傾げ答える。
…『彼奴』とは総司のことだ。昨晩、労咳による喀血で緊急の処置がとられた。


「…昨日より、幾らかは」


よくなりました、と続く言葉は小さく春の風にかき消される。


「……お前も無理せず、今日くらいは休め」

「……はい」


掠れた声を返す此奴の顔色が悪い気がした。……元々華奢であったからか、看病やら心労やらで堪えた体が更に儚げで危うい。


「…なぁ莉々。お前、」

「……――」

「!」


大丈夫か、と声をかける前に風が吹く。すると莉々がぐらり傾いて、慌ててそれを受け止めた。
俺の腕が腹辺りに添えられて、此奴の体重がかかって少しばかり圧迫した途端、


「…うっ…―――!」

「…!?」


腕からすり抜け、急に口元を両手で覆いながら流し場に駆け込んだ。
気になり後を追う…。


「――うっ……げほっげほっ…」

「…おい。大丈夫か……」


背を擦りながら言ったが、此は大丈夫ではなさそうだ。嘔吐して咳き込む様は痛々しく映る。
――…落ち着いたのを見計らい、歩くのもままならない莉々を抱えて流し場から母屋に移動し、途中出会した隊士に褥を敷いた座敷を用意させた。


「――…ひじ、かたさん」


殆ど吐息だけの声に耳を傾ける。


「ごめんなさい…」

「………阿呆。この期に及んで謝る奴がいるか」


俺の返しにふと微笑んで、次第に細められた目は完全に閉じた。






――直ちに昨晩から滞在中の医師が駆け付け、莉々を診るために俺や他の隊士たちを部屋から出した。
皆、沈黙の中で莉々の事を想う。
……まさか、彼奴まであの病に罹ってしまったのでは…――。
最悪の診断結果が出ないことを祈り、縁側で佇んだ。






――不意にがらりと戸が開き、中から医師と助手が出てくる。


「――なぁ、先生。彼奴ぁ……」

「…いいえ、労咳ではないです」


その病名が出る前に否定され、俺たちは安堵の息を吐いた。


「労咳ではない………のですが、」


…此処には女中も居ないのですか。
言葉を濁す医師が俺たちを一瞥して問う。
女特有のあれが原因かと思い皆口を慎んだが、どうやらそれとは違うらしい。


「――どうした、皆揃って」

「……局長」


隊士たちが縁側に群がる事態に目を丸くした局長が腕を組み歩み寄る。
近藤局長と副長の俺だけが残り、医師から説明を受ける為隣の部屋へ入った。







「――…して、先生。莉々さんの具合はどうなのです?」


重々しい空気に包まれた座敷部屋で最初に口を開いたのは局長だった。俺も同じ気持ちで医師の返しを待つ。
躊躇ったように重い口が開かれた。


「………はい。それが……………おめでた、のようで…」

「………」

「………そうか、そうか」


そりゃあ目出度い。
絶句した俺を余所に、局長は飄々と診断結果を受け入れた。


「……孕んでる、のか」


ぽつり呟き、事の重大さを改めて感じた。

総司と莉々。
彼奴等が恋仲であることは皆知っていた。故に「誰の子か」なんてのは問題にもならない。だが総司の病状が思わしくないだけに、事は深刻極まりなかった。





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