志士夢

□其処に命の光あり、
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早朝、庭には雪が降り積もっていた。
もう暦は弥生だと言うのに、何時になったら春が来るのか。其れほどの冷え込み方だった。


「あ、慎太さん」


おはようございます。
居間では既に莉々が朝餉を用意している所だった。
囲炉裏の前で正座し直し、三つ指を揃えて身を屈めようとするものだから、慌てて制した。


「そんな事をするな、孕んでいると言うのに…」

「ご、ごめんなさい!」


彼女も慌てて姿勢を改め、大分膨れてきた腹をゆっくりと擦った。


「ごめんね…吃驚したかな?」


愛おしむ声が優しく響く。ふと気付き、訊ねた。


「………なぁ、もしかして…」


続く言葉を聞かない内に頷かれる。


「うん、動いてますよ」

「……本当か!」


期待に胸が躍った。
逸る気持ちを抑えきれず、飛び付くように我が子が宿った腹に触れ、呼びかけた。

なぁ聞こえるか。其方はどんな処だ、寒くはないか。此方はどうにも寒くて適わない、今暫く其処に居てくれ。

大真面目に語ると、跳ねるような衝撃が返ってきた。思いがけず感動し、胸奥が熱くなる。
興奮して何度も何度も莉々を抱き締めた。その度にからからと笑い声を上げ、


「この子より貴方のほうが子供みたい」


と呆れながらも優しく受け止めてくれた。









「――そう言えばね、慎太さん」


食事の最中、思い出したように切り出す。


「今朝玄関を開けたら、入り口に小さな花を見つけて」

「花?」


問い返すと、嬉しそうに玄関に向かっていった。


「あぁこら、段には気を付けなさい…」


全く、慌ただしい嫁だ。
促され玄関先を見やると、確かに其処には花が咲いていた。
冷たい雪の中から芽吹くように開いていた其は春に咲く草花だった。


「力強い花ですね、この子」


花を「この子」と呼ぶのが彼女らしいと思い、苦笑しながら頷いた。


「あぁ、本当に。こんな寒い中、凍え縮むどころか大きく開いて…」


なんと逞しい事か。
二人で小さな命を愛で、讃えた。
そして再び腹に触れる。

…なぁ、お前。先程は寒いから今暫く…、とは言ったが。どうかこの花のように力強く、逞しく生まれ育っておくれ。早春の寒さは厳しいが、必ずお前を強くするだろう。

我が子への囁きにいち早く反応した我が嫁は目を丸くして「まだ先の話じゃない」と返した。


「後にも先にも、伝えたい事はその都度言い聞かせるべきだろう。男児なら尚更、どんな困難にも立ち向かえる男になってもらわないと」

「女の子だったらどうするの?」

「そうしたら、君のような女性になってくれたらいいよ」









――生まれ出る我が子へ。
この世は世知辛く、決して生きるのに楽ではないが、どんな時でも希望を捨てずに立ち向かえ。困難は人を強くするのだから。






其処に命の光あり、
(春を待たずに咲いた花は生命力に溢れて、)



***
本館blogに掲載した作品の改正版でした。

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