志士夢

□伝染性笑顔菌
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春の陽気が心地良い日。陽溜まりが出来た廊下で三味線を弾く彼の姿を見つけた。そっと近寄り、少しだけ小さくなった背中に羽織を掛けて隣に座る。


「……莉々か」


声をかければ良いのに。
そう言って振り返り見せた笑顔は、太陽みたいに眩しくて温かかった。


「だって、真剣に弾いてたから…」


控え目な答えに、彼は苦笑したようだった。
何だ拗ねていたのか、と三味線を脇に置いた後、空いた手がわたしの頭に乗っかって、いつものように少し乱暴に撫でる。


「可愛い奴め!」


けらけらと八重歯を覗かせて笑う。


「…ん、もうっ!わたし、子供じゃないんだからね…」


言いながらわたしも堪えられなくて、笑った。

大きな手から伝わる彼の優しさは、胸の中まで温かくしてくれる。それは急速にではなくて、じわりじわりと沁みゆく熱を持っていた。

前から思っていた。
彼の笑顔には伝染性がある、と。
いつか本人にそう伝えたら、「そんな伝染病があったなら日本中に振り撒いてやるのに」と切なげに返された。
…でもわたしは、『伝染性笑顔菌』ってものが既に存在していることを知っている。
だって、ほら。


「――あ、カシラがまたやってるぞ」

「ははは、何時見ても仲の良い」

「こら晋作、莉々さんを巻き込んでふざけるんじゃない」


わたしたちの笑い声に釣られてやってきた藩邸の人たちも、皆笑ってる。




幸せって、こういうことを言うのかな。
何でもない小さな出来事に笑いがこぼれて、それが連鎖していく。日常に溢れる細やかな幸せが大きな幸せに繋がっていく。
それって凄いことだよね。




「…ねえ晋作さん、」

「ん?」

「………」


周りの人たちには聞こえないように、耳打ちをする。

…………………………………。


「……!」


今度は夕陽みたいに赤くなった。周囲はまた、笑い声に包まれる。

貴方が幸せなら、わたしも幸せ。きっと、此処にいる皆が幸せ。
だからわたしは、何時だって貴方を幸せにしてあげたい。貴方がわたしを幸せにしてくれるみたいに。




(貴方のお嫁さんになってあげる)




――きっとそれは、幸福の連鎖反応。









伝染性笑顔菌
(貴方の笑顔は太陽が霞む程眩しくて、)



***
本館blogに掲載した作品の改正版でした。

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