志士夢

□救われたのは僕の方だった、
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本当の気持ちなんて、目に見えるものじゃないから決してわからない。
自分のしていることが正しいかなんて、相手の反応を見た所で確信出来る筈もない。

……只、僕は。
自分がこの娘にそうしてあげたいから、そうしただけだった。









「――あの…、泣いてるのですか」


雨に冷える町の一角。長屋の軒下にうずくまり顔を隠す人を見つけ、声をかけた。
顔を上げた瞬間、直ぐにわかった。…君は、


「…莉々さん?」

「…沖田さん」


たった一度顔を合わせただけなのに、お互いに名を覚えていた。……只それだけの事が妙に嬉しかった。
僕はこの町では忌み嫌われる存在。声をかけたのが彼女じゃなかったなら、顔を見られただけで忽ち逃げるように走り去って行っただろう。

そんな世間知らずな彼女は、やはり泣いていた。その目は赤く潤んで、頬には雨ではない、流れた滴の跡が残っている。
しゃがんだまま此方に向ける上目が、胸を締め付けるほど純真で切なかった。


「…大丈夫?」


咄嗟に手を差し出す。傘から垂れ落ちる雨水がそれを濡らした。
…ふと我に返る。

あぁ、この手は汚れているのだった。この人に触れてはいけない…。

既に冷えきった己の手が更に温度を失っていくのを感じて、彼女へと伸ばしたそれを引っ込める。…寸前に、彼女の柔らかな手がそれを引き留めるように掴んだ。


「…莉々さん、」

「ありがとう…」


ありがとう。
小さく呟かれたその言葉に耳を疑い、立ち上がった彼女の顔を見る。目が合うと、優しい微笑みを返された。


「……ありがとう、沖田さん」


もう一度聞こえた声が、聞き間違いではないことを証明する。
僕の手が彼女のそれに包まれ、その頬に触れた。その肌は驚くほど滑らかで、優しい温もりを持っていた。


「沖田さんの手、温かい…」

「………」


いいや、温かいのは君の方だろう…?
傾げる僕を見つめたまま緩く首を振って、


「温かいです。貴方の手も、心も…――」









――単なる自己満足でしかなかった筈の僕の行為が、君の心に何かを届けたのだろうか。
言葉に出来ない、刹那に抱いた感情が、君の心を救ったのだろうか。

…わからない。本当のことなんて。

だけど、ひとつだけ確かなことがある。




救われたのは僕の方だった、
(それは奇跡のような、ありふれた話なのかも…)



***
本館blogに掲載した作品の改正版でした。

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