志士夢

□三寒四温、
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今日も肌寒い日だった。
弥生も半ば、春の陽気が続く事があれば、また冬に戻ったように雪がちらつくほど寒くなる日が続いたり。


「三寒四温だね」

「さんかんしおん?」


半平太さんの言葉はいつも難しい。
そう思いながらオウム返しをすると、彼はくすりと笑って書机の筆を取った。書き物も中途に、読み古したらしい本の裏表紙に筆を滑らせる。


「『三寒四温』。寒い日が三日続いた後は暖かい日が四日続く。冬と春の境目によく繰り返すこんな気候の事を言うんだ」

「成る程…」


彼からまたひとつ教わり、感嘆の溜め息を漏らす。本当に知識の広い人。そんな人がわたしの旦那さんだと思うと、何だか誇らしかった。


「…莉々、もっと火鉢の傍に来なさい」

「あ、はい。…でも、邪魔になりませんか?」


火鉢は半平太さんの手が悴まないようにと用意したもの。その傍に行くということは、書き物をする彼のすぐ傍に行くと言うことだった。
わたしの問いに苦笑し、もう書き物は終わるから大丈夫と答えた後、本当に筆を置いて書類を全て片してしまった。


「…さ、此で異存は無いかい?」

「……は、はい」


あまりの仕事の速さに驚き頷くと、待ちきれないようにして彼の腕が伸びてくる。…そして。


「さて、僕たちは暖を取るとしようか」

「…!」


その長い腕に捕まったわたしは、至近に囁かれてどぎまぎとする他ない。その様子を楽しそうに見つめる目が細められる。
次第に近くなっていく二人の距離、吐息。
遂に唇が重なった瞬間、時間が止まった。




…今はこんなにも甘い彼だけれど、初めの頃は正に三寒四温みたいな人だった。
全てはわたしを思ってのことだけれど、冷たくされたり優しくされたりの繰り返しで。






「――…そうだったかな」


全く覚えていないという様子で返される。


「そうですよ。…わたし、結構悩んだんですからね」


態と口を尖らせて言うと、面食らったように目を丸くして見せる。だけどその顔は段々意地悪な笑みに変わっていった。


「…そうか。たまには冷たく愛する事も必要なのか」

「………えっ」


一体何の話?
聞き返した時にはもうわたしの視界はぐるりと反転していて、向かい合う彼の背後は天井だった。


「は…、半平太さん?」

「今夜は君が泣きついても止めない事にする。…良いね?」


有無を言わせぬ彼の唇が再び触れる。
その温度は心なしか冷えて、却ってこの先に待つ宵事の熱さを期待した背筋がぞくりと震えた…――。









三寒四温、
(一夜におとずれた冷静と情熱に酔いしれる)



***
本館blogに掲載した作品の改正版でした。

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