志士夢

□嘘、好き
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「もう…何度言ったらわかるんですか!?わたしは高杉さんの嫁じゃありませんっ!」


藩邸の縁側にて、男所帯に似つかわしくない叫び声が響いた。
莉々が此処に来てから何度聞いたか分からぬ台詞に、決まって腹を抱え笑ってやる。傍目から見れば馬鹿らしいやり取りかも知れないが、こうすることでこの娘の不安や苦悩が少しでも発散されれば良い。


「……もう…。何考えてたか忘れちゃったじゃない」


怒り顔から苦笑に変わり、溜め息混じりにそう言って隣に腰を下ろした。脚を投げ出すように座る所が可愛らしくてつい、頬が緩む。


「…すっごく良い天気…。高杉さんは、いつもこうして空を見てるの?」


仰ぎ見ながら問われ、あぁと頷き己も空を見上げた。


「空が好きだからな」

「空が、好き…?」


首を傾げた莉々に頷き、ごろりと寝転んだ。


「空は人の心みたいだと思わないか?」

「…人の?」

「そうだ。晴れたり曇ったり、悲しい時は雨降らして、怒り狂った時には雷落とす。それを包み隠さず見せる潔さが良い。………あ、」


そこまで言い、あるひとつの結論に辿り着いた事に気付く。
澄み渡る蒼と隣の娘を交互に見ると、更に訝しげに見つめ返された。


「………そうか」

「…?そうか、って何が??」


答えを促すように、身を乗り出す。はらりと落ちて触れた髪が擽ったくて、小さく噴き出した。


「……笑ってないで、教えて」


むっと頬を膨らます仕草が堪らなく愛しく感じられ、悪戯に頭をぐしゃぐしゃに撫でてやった。


「きゃあっ!何するのいきなり…っ」

「ははは、目一杯可愛がりたくなったんだっ」

「もー!高杉さん嫌いっ!!」

「…は、そりゃ困ったな」


声音を低くし、荒く掻き乱していた手を止め見上げた。


「……え?」


頭から頬に手を移し撫でてやれば、今度はしおらしく頬を赤くして此方を見下ろす。…やはり同じだ。くるくると感情のままに顔色を変える所が。


「お前は空と一緒だな」


空と一緒。
言われた本人はきょとんとして腑に落ちないようだった。


「お前は、俺が好きな空と一緒だ」


我ながら回りくどい、あからさまで潔くない言い方だったが、果たして目の前の娘は気付くだろうか。


「……なぁ、莉々」


呼び掛ければ、その丸い目をぱちりと瞬かせる。


「お前は、俺が嫌いか?」

「………!」


訊ねられた娘の目が揺らぎ、その変わりゆく表情が切なかった。其処に映る己は一体どんな顔をしていたのだろう。


「……わたし、は…―――」


囁くように紡がれた言葉は、俺の胸に甘い雨を降らせたのだった。





『嘘、好き』
(嬉しくて嬉しくて仕方がないのに、泣きたくなるのは何故だろう)



***
晋作'sBAR企画投稿作品でした。

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