志士夢

□大丈夫、
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気が付けばいつもあの人を想っていた。
日に日に重くなっていくお腹に手を添えると、わたしの中に宿るあの人の命を感じられるから。
だけど時々後ろめたさを感じるのは…、傍に居てくれる人に申し訳ない気持ちになるからだ。










「――土方さん」


わたしたちは、人里離れた場所にあった空き家を買って住み始めた。有り難いことに、そのまま置かれていた家具や台所は掃除をすれば十分使えたし、辺りの土壌も耕すのに丁度良かったようだ。
彼はわたしの声を聞き、耕していた腕を止め手拭いで汗を拭きながら此方に向かってきた。


「少し休んだらどうですか?お茶も淹れましたし」

「あぁ、すまんな」


そう言って撫でるようにわたしの頭に手を乗せると、穏やかな表情で顔を覗き込む。しかし大きな手が額に移動した途端、僅かに眉間に皺が寄った。


「お前…熱くねぇか?」

「……え…?」


自分の頬に手をやってみる。…確かに温かいかもしれない。だけど具合が悪いとかの自覚症状はないし、胎児もよく動いているようだし、特に問題はないと思う。
…そうだ、この人と一緒に暮らし始めてからずっと思っていた事があった。


「…土方さんが過保護なんですよ」


そう笑って言うと、眉間の皺は益々深く刻まれて、もう一度額に触れながらわたしの目を真っ直ぐに見つめた。


「お前はな、もっと手前の身体を大事にしろ。お前ひとりの身体じゃねぇんだからな」

「……………」

「………返事」

「っ…はい」

「…よし、」


いい子だ、と囁く声が優しくて、どうしてか泣きたくなる。










このお腹が大きくなっていく度に、胸中に潜んでいたものも膨らんでいく。

彼の自由を奪ったままで良いのか。

彼は総司くんに頼まれて形ばかりの夫婦になってくれた。それ故、わたしは同姓になっても未だに彼を『土方さん』と呼ぶ。大政奉還後、新撰組は事実上の崩壊に陥り、彼自身も離隊した。そのお陰でわたしもこうして心穏やかに過ごさせてもらっているのだけど。

…彼の本心は、きっと。
隊を離脱せずに、近藤さんたちと一緒に戦っていたかったのだと思う。

それをわたしが…、わたしの所為で…―――。










「……い、…おい、莉々!」


どうしたんだ。
心配そうに訊ねられ、はたと我に返った。
あ、と声を洩らしながら、彼の顔を見上げる。…途端、どうしようもなく胸が苦しくなって、堪えられないものが溢れた。


「……っ」

「…莉々?」


触れる事を一瞬躊躇い、けれど静かに、意を決したように頬へ手を伸ばす。
拭う親指は少し荒れていて、だけどやっぱり優しくて。じんわりと伝わる熱は、この人の心の中そのものなのだと感じられた。


「………ごめんなさい…っ」

「…………」


急に謝罪を口にするわたしを無言で見つめる彼の瞳は、只ただ真っ直ぐで。拭った手をずらし、もう一度頭を撫で、慈しむように呟かれる。


「……大丈夫だ」

「……!」


大丈夫、だなんて。
どうして貴方は、こんなにも優しい人なのだろう。

わたしは貴方から、大切なものを幾つも奪ってしまったのに。
貴方の傍にいて護られながら、もう還らない人の事ばかり想っているのに。
…平気な筈がないでしょう?


「……どうして、」

「…大丈夫だっつってんだろ」

「…っ」


急に額をつつく指に驚き、体が揺れた。すると、よろけた体を支えるように背に手を回し、もう片方の手はわたしのそれを掴む。


「………土方さん…」

「お前は何も心配するこたぁねぇんだ。…ま、勝手に旦那になっちまったのは謝っておく。…だがこっちは満更でもなかったがな」

「……え?」


首を傾げて問い返すわたしを見て、可笑しそうに笑いながら「役得だ」と呟いた。


「確かに彼奴に頼まれて、お前と夫婦になった。だが、恐らく言われなくとも勝手にそうしていたかもしれない…」


口実に過ぎなかった、と。再び彼は笑う。


「離隊した事も後悔してない。俺がそうしたかったんだ」

「………本当に?」

「俺が嘘言ったことあるかよ」

「……………」


ないです、と首を横に振ると、温かい手が頬を包む。


「…だからな。俺が大丈夫って言やぁ、お前は絶対大丈夫なんだ」

そう言って、わたしのお腹にも触れた。


「お前も、此奴も。俺が必ず守ってやる」


…だから。
微笑み、そしてまたあの魔法の言葉をわたしにかける。




「大丈夫だ」




愛しい。
その感情がわたしの胸いっぱいに拡がる。

二人で守っていこう、と。
肩を抱いて呟いた貴方の手を握り返す。
…そして。




「………歳三さん」




わたしは初めて、貴方の名を呼んだ。





『大丈夫、』
(貴方と一緒ならきっと…)



***
命の系譜の番外でした。
 

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