志士夢
□Eyes on me.
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お茶を淹れましたよと軽く声を掛けてから、気が散らないように注意して傍らに座る。書机に向かい、綺麗な姿勢で筆を滑らせる姿につい見とれてしまった。
──…綺麗。
思わず嘆息を吐く。
すると、ゆっくりと此方に振り向いて、これでもかと言う程にわたしを見つめてくる。
「…………」
「…………?」
………無言で。
その威圧感にぎこちなく首を傾げる。
視線が痛い程に刺さるので、穴が空きそうだった。
一体、何を考えているのだろう。何を思っているのだろう。
あまり、自分の気持ちを口にすることがない彼だから、余計に気になる。
「………武市さん?」
怖ずおずと呼び掛けてみると、一瞬その目が細められ、少し厳しさを孕んだ表情になった。
「………君は」
「…っ!」
まだ君はそう呼ぶの?
静かにそう言って、ゆっくりと伸ばしてきた手がわたしの顎を持ち上げた。その冷たさに肩を震わせる。
だんだんと近付いていく顔。その整った容姿を直視出来なくて、堪らず目を瞑った。
遂には、吐息がかかる程の至近になる。
「……近い内に、同姓になると言うのに」
「……え?」
思いがけない言葉に目を開けた。彼を見れば、優しい笑みを浮かべている。そして、触れていた手がゆっくりと離れていった。
同姓になる。…それは、つまり。
「……さて、休憩しようか」
折角淹れたお茶が冷めてしまうからね。
はぐらかすように息を吐き、傍らの湯呑みに口を付ける。
ず、とひとつ啜り、あぁ…と溜め息混じりに呟いた。
「………好きだな」
「………えっ?」
唐突に言われ、返す声が裏返ってしまった。そんなわたしを笑いながら、
「君に見つめられるのは、好きだな」
「!」
改めて言われ、一気に顔が熱くなる。
彼は続けた。
「…君は?」
「……わたし…?」
そうしてまた、あの視線がわたしを貫く。
「君は…僕に見つめられるのは、嫌?」
妖艶な声色。再び近付いていく距離。
その目を逸らしたら…、きっと今度こそ逃げられない。
『Eyes on me.』
終
*
『幕末志士の恋愛事情/志は高く、(武市半平太)』番外。