志士夢
□また会いましょう
1ページ/1ページ
もしも、好きな子が現れたら。
この剣が鈍るのだろうか。
非情を、忘れてしまうのだろうか。
──何時だったか、ふとそんな事を思う頃があった。
再び思い出されたのは……、あの子に出会ってから。
これは恋、なのかな。
…よくわからないけど。
あの子を想うと…
胸が、苦しくて。
込み上げる温かな感情に、思い当たる名前が見付からないのだ。
*
考え事をしながら町を歩いていると、擦れ違う人々が僕等を見てはそそくさと道をあけた。浅葱の羽織は人混みの煩わしさを消してくれるから好きだ。例え町人たちには忌み嫌われようとも。
通り掛かった橋で、不意に足が止まる。まるで術にでもかかったみたいに、自然と。
──…あ、
振り返った先には、僕を見て佇む人が。
開きかけた口を閉じて、その人に体を向ける。
すると彼女は、一足、二足と踏み締めるように歩み寄った。
次第に近付く薄紅の裾から覗く小さな足。
爪先から、徐々に目線を上にずらしていく。
綺麗な、亜麻色の揺れる髪。白い肌。……優しい表情の君。
町人たちとは正反対の、柔和な笑みを携えた彼女は、僕の目の前に現れた。
「──こんにちは、沖田さん」
「……こんにちは」
本当に、不思議な人だ。
見廻り中に話しかけられるなんて、初めての事。
「お仕事ですか?」
「えぇ。君は、お使い?」
にこやかに頷き、手に持っていた風呂敷を少し上げて見せる。
「これ、京で一番のお茶菓子だそうで。あ…そうだ、余分に買えたら幾らか頂いても良いって言われてたんです。沖田さん、おひとつどうぞ」
「……えっ」
風呂敷の中から出てきたのは、正しく京一番の高級菓子だった。
こんな大層なものをこんなに沢山買いに行かせるなんて、一体どんな主人なんだろう。
戸惑い、菓子を前に躊躇っていると、目の前の女子が心配そうに眉尻を下げた。
「……甘いもの、苦手ですか?」
「い、いえ、大好物ですよ。…しかし、良いのかなぁ、と」
その答えに安心したのか、表情に明るさを取り戻した彼女は、半ば強引に僕の手を取り菓子を握らせた。
「…あ」
「余裕あるので、ひとつくらい平気ですよ」
心配しないで、と屈託なく笑いかけられて。
僕の心臓は、跳ねた。
*
「──お仕事、頑張ってくださいね」
「…うん。ありがとう」
一頻り世間話をして。別れの言葉を交わした。
彼女が小走りに道を戻っていく。
僕は
見えなくなるまで
その後ろ姿を見送り。
彼女は
一度も此方を振り返らず
町の中へと消えた。
───追いかけたい、衝動に駆られるけれど。
今は、きっと。
追ってはいけない。
………そんな気がする。
だけど
間違いなく、僕のこの想いは。
恋、なんだろう。
「───…また、会いましょう」
届くことのない言葉を紡ぎ。
懐に菓子を仕舞い、やっと歩みを進めていく。
確信を持ったこの想いは
果たして
僕の剣を鈍らせるのか
非情を忘れさせるのか
………或いは。
『また会いましょう』
(次は何処で会えるだろうね…?)
終
***
沖田くん同盟 企画作品です。