志士夢

□祭囃子がきこえる
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*





──島原は、雨に濡れて一層華やかに彩られていた。
女郎だろう、綺麗な人が枠越しに妖艶な微笑を浮かべ、男の人を誘惑している。
わたしは目線を出入口に固く向け、一度軒下に入って傘を畳んだ。
中を窺ってみようとした矢先、よく知る姿がひょっこりと顔を出す。
余りのタイミングの良さに驚きつつ、声を掛けようとした瞬間。


「──大久保はん、」


帰らないでと彼にすがりつく人。背中から抱き着かれた大久保さんは、驚くこともなくゆっくりと彼女に向き直った。
目の前の出来事に思わず声を失う。


「早過ぎますわ。会合、終わりましたん?」

「………………あれは最早会合ではない。私は帰る」

「そんな………あっ」


肩を押して離れようとした途端、態とらしくよろけて正面から抱き着き、彼の胸に頭を預ける遊女。
そんなこと言わないで。
甘えた声を出しながら、するすると這うように伸びた白い腕。それが彼の首に絡み付いて……そのまま…………────近付いた唇が、頬を触れた。


「……!何をっ…」


───不意にどさりと音がして、二人がわたしを見つける。
傘が、この手を滑り落ちたのだった。


「………莉々」

「…あら、可愛らしいお嬢さんやね。大久保はんとこの?」

「……………はい、雨傘をお持ちしたので…」


多分、この人はわたしを使用人だと思っている。無理もない。彼女に比べたら…髪を乱し、着物の裾を汚しているわたしの姿はみすぼらしく映る。
震えそうな声で咄嗟に嘘を取り繕い、彼に傘を手渡した。


「…莉々、馬鹿な真似は」

「大久保様、大変なご無礼をお許しください。もう少し、此処に留まったらいかがですか?次第に雨も止むかもしれませんし…」

「…だったらお前も」

「いえ。わたしはこれで…」

「………待て、」


彼の声を途中で聞くのを止め、傍らの遊女にも一礼し身を翻して道を引き返した。
今でも疎らに灯されている光へと、向かう足は速くなっていく。


「待てっ…───」


一度走り出したら止まらなかった。
この頬を流れた涙も。
溢れ出したら止まらなかった。

…でも、優しい雨がそれを隠してくれる。
今のわたしには、それだけが救いだった。
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