APH小説

□温もりはもういらない
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―――――――――あれから・・・・・・もうどのくらい経ったのだろうか・・・・・・。
 底冷えする、薄暗い貯蔵庫。壁板から伸びる鎖で両手首を拘束された菊は、ゆっくりと目を開いた。
 瞼が閉じていても、開いていても、目に見えるものは変わらない。ただ平坦に、其処を揺蕩(たゆた)う、重たい闇。
 
 海軍大尉の称号を貰ったのは、2ヶ月前。史上最年少だと、前大尉から聞いた。その人は、菊の憧れの人。彼もかなり若かったが、本人曰く外見は若いけれど、中身はかなり爺だとか何とか言っていた。彼は菊を大層可愛がってくれ、此処まで育て上げてくれた。後任が決まり、それが、自分が可愛がってきた存在だと安堵した彼は、その後体調を崩し、今は祖国へ帰って療養している。そして恐らく、菊が彼に逢う事は、もう二度と無い。いくら、逢いたい、逢いたいと願っても――――――。
 折角受け継いだ大事な役目だ、全うしなければと、菊は力んでいた。周りに諭され、自分が焦っている事に気付き、落ち込んだ事もあった。けれども、2ヶ月間、普通にやってこられた。
 やってきていたのに。
 最近、突如現れた海賊が海を荒らし回っていると聞き、その海賊の討伐は、菊に任された。また大尉になって2ヶ月しか経過してない彼に任せるのは危険だと、反対の声が幾つか上がったが、上層部は、どうしても彼にと言って聞かなかった。正直不安が無かった訳ではないが、初めて任された大きな仕事。キチンと熟さなければいけないと、菊は自らそれを承諾してしまった。
 無理に頑張ったのがいけなかった。
 その海賊は若く、黄金(こがね)色の髪と、若葉の瞳、白い肌に赤い服を纏って、まるで踊るように戦地を駆けた。
 部下が1人、彼の手下の放った攻撃に被弾し、それに気を取られ、その海賊にあっさり捕えられてしまった。
 殺される、と思った。
 しかし彼は意地悪く笑うと、手下に言い放った。
 「コイツ、地下に閉じ込めておけ」
 菊は覚悟した。きっと拷問されるのだろうと。
 ああ、無理に行くなど言わなければ良かった。折角大役を任せてくれたのに、上層部は呆れただろう。もしかしたら、役を降ろされてしまうかもしれない。いや、そもそも生きて本部には帰れないかもしれない。
 ああ、ごめんなさい。折角貴方は、安心して私に任せてくれたのに。
 果たせなかった。立派にやり遂げると、言ったのに。約束を、果たせなかった・・・。
 心の中で何度も懺悔を繰り返した菊は、地下室に幽閉された。
 「よぉ。お前、若いのにもう大尉になったんだって?噂になってるぜ、俺達海賊の間でな。でも、いくら役職が凄くてもよ、部下1人に気を取られて、こんな事になるようじゃ、まだまだ甘いよな」
 くつくつと彼は笑った。菊と同じくらいの年齢(とし)だろうか、まだかなり若い。
 彼は、アーサー・カークランドと名乗った。菊は、名乗らなかった。
 「は、お前が隠したってな、お前の名前くらい、知ってんだよ。有名人だって言ったろ。幾つだっけお前、俺とそんな変わんねぇだろ?その若さにして大尉ねぇ。さぞ立派な功績でも上げてきたんだろ。え?」
 ニィと笑みを浮かべて、アーサーはぐいと菊の顎を引く。
 既に菊の身体は傷だらけだった。切り傷、擦り傷、殴られた事によって生じる青痣、鞭で叩かれて赤く腫れあがった頬――――――。
 菊は頑として、口を開かなかった。根負けして喋れば、負けだ。彼は別に、海軍の情報を聞き出そうとしている訳ではない。それでも、何か答えてしまえば、終わり。そう思って、菊は口を噤んだ。
 「だんまりかよ、別に海軍の情報が欲しいなんて言ってねぇじゃねぇか・・・・・・」
 初めて、幼い微笑みを見せたアーサー。単純に、楽しい事を楽しんでいる、ただ普通の笑顔。
 「俺はな、海軍の事とか、大尉とか、んなこた、どーだっていいんだよ。お前が、本田菊という1人の人間が、欲しいんだ」
 「・・・・・・・・・!?」
 菊は初めて、反応らしい反応を見せた。お、とアーサーは嬉しがる。
 「やっと反応したな」
 ハッとして、菊は顔を伏せる。しまった、これに付け込まれでもしたら・・・・・・。
 「なぁ、顔上げろって。何もしねぇから」
 そういって、そっと頬に触れた手。白い手袋越しの温もりが、傷に痛い。
 「う・・・・・・っ、わ!?」
 アーサーはバッと手を引っ込めた。それから滴るのか、赤い血。
 菊は、咄嗟にその手に噛み付いたのだ。手袋を食い破って、血管を食い千切って、出来れば指を食い落したいという勢いで。
 「あっぶねー・・・。流石、っていうのか?誇り高い海軍の狗・・・・・・」
 アーサーは一瞬冷ややかな目で、それでも寂しそうな表情で、菊を見て―――踵を返した。
 「お前が俺のモンになるって言うまで、ぜってー離してやんねぇからな」
 そうして――――――――――――。
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