銀魂小説
□鏡花水月
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――――――リン・・・リン・・・リン・・・リン・・・リー・・・ン・・・
木の格子が嵌められた窓の外に映る大きな月。それを眺めて、“彼女”は微笑んだ。
真っ白な手の内にあるのは、毬の形をした香入れ。時々毬を愛おしそうに撫でながら、赤い目を細めて、口を開く。
「<かってうれしいはないちもんめ>・・・・<まけてくやしいはないちもんめ>・・・」
その、震えるような小さな声で。
「<あのこが>・・・<ほしい>、<あのこじゃわからん>・・・<このこがほしい>」
何かを愛おしむように、言葉と紡ぐ。
「<このこじゃ>・・・<わからん>・・・<そうだんしよう>・・・」
「<そうしよう>」
彼女がフッと俯いた時、後ろから。男の声で、最後のフレームは口ずさまれた。
“彼女”はハッと振り向く。手首につけられた赤い紐、その先にある小さな銀の鈴が音を立てた。
其処に立っていたのは、黒い和服を身につけた長身の優男。緑がかった黒髪に黒い瞳。咥え煙草。鍛え上げられた身体。
「・・・土方様・・・」
“彼女”は呟く。銀色に輝く髪を靡かせて、首を僅かに傾けながら。
「違ぇだろ」
男―――土方は言いながら、“彼女”に歩み寄った。そして右手を取ると、自分の指を絡めて、意地悪くニヤッと笑う。
「『十四郎』だろ?」
“彼女”の手から、毬が転がり落ちた。花のような甘い香りがその場に漂う。
暫くの沈黙の後、“彼女”はニッコリと微笑んだ。
「申し訳ないですけれど、それは出来ませんわ、土方様」
その言葉に、土方はそっと指を離して、“彼女”から離れる。チッと舌打ちをして、煙草を口から離し、煙草を天井に向かって吐き出す。
「お前、ガードだけは、ホンット強固(かた)いのな」
「私の仕事は、殿方達の話し相手になる事であって、抱かれる事ではありません。花魁を抱きたいのなら、他の方をご指名なさいませ」
そう言って、その美しい花魁は音も無く、そして立ち上がる事なくス、ス、と移動して、毬を拾い上げる。チリン、と鈴が透き通った音で鳴った。
「なのに、花魁やってんのかよ、麗(れい)」
土方は不満げに言う。麗―――この場合、“彼女”の花魁としての名前、つまり源氏名であって、本名ではない。“彼女”、鈴はクスリと小さく笑って、肩越しに土方を見た。
「花魁には、大抵辛い事情がありますの。私とて例外ではありませんわ、土方様。他人には話せない様な、暗い過去―――・・・。まあ、私の場合、他の花魁たちとは、種類が違いますけれど」
土方は、目を細めて“彼女”を見た。月明かりに照らされて、細い首筋がありありと浮かぶ。
麗の話し方には、何か、[そちら側]へ引き込む様な、それでいて[こちら側]へ突き放すような、妖しい響きがあった。
「それにしても」
凛、と。鈴の音で、土方はハッと我に返る。ボーッとしていたようだ。この甘ったるい匂いの所為か、麗の話し方の所為か、それとも――――――。
「土方様程の容姿でしたら、引く手数多(あまた)でお困りでしょうに、何故わざわざ吉原(このようなところ)へ?ココは愛を売り買いする場所――――――。貴方様の求める様な、真実の愛は」
「手に入れられねぇってか?・・・ハッ。俺にゃあ、その程度で丁度良いんだよ」
土方は、麗の手を置く。御冗談を、とあっさり払われてしまった。
「・・・1つ、お訊ねしても、よろしくて・・・?」
麗が言う。土方は、煙草を口から離し、煙を吐き出して―――暫し、沈黙を置いて、「ああ」と生返事を返した。
「土方様は・・・」
麗には珍しい、氷のように冷たい瞳と、声音だった。
「私を、殺しに来たのですか?」
* *
「副長」
山崎が、書類を持って土方の自室へやってきた。久々の休暇で、仮眠をしていた土方は半ば不機嫌な表情で起き上がると、「何だ」とぶっきら棒に言った。
「検査の結果が出ました」
検査―――――――――――。
麗の、DNA鑑定。事あるごとに通い詰めて、やっと手に入れた麗の毛髪。
「あの花魁は」
山崎は書類を土方に差し出しながら続けた。
「白夜叉です」