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□病み上がり
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テオが病院にかつぎ込まれてから、四日が経とうとしていた。幸いなことに神経や骨は傷ついていなかったため、痛みはあるものの、ゆっくり歩くことなら可能だった。
「よう、具合はどうだ。見舞いにきたぞ」
味の薄い昼食を済ませた頃、ノックとともに部屋の扉を開けて、ハボック少尉が顔を見せに来た。
上の話し合いによって方針が決まり、テオの病室にが軍人が張り付くことになったという。
普段なら堅苦しい護衛など断っただろうが、入院生活に早くも退屈しきっていたテオにとっては大歓迎だった。
「元気そうじゃないか」
「そう見えるなら、少尉も先生に言ってくれよ。もう退院できますって」
「まだ本調子じゃないんだろ。我慢しろ」
そう言いながらベッドの脇に座り、慣れた手つきで内ポケットから煙草を取り出す少尉に、「病室なんだけど」と言い返す。
「いいんだよ。これがないと俺は何も出来ないの」
「そんな奴に身体云々言われたかねぇや」
「おー、そうかい」
ふう、と煙を吐いたハボックは、何をするでもなくぼんやり椅子に座っている。
しばらくお互いに沈黙するが、やがてテオから口火を切った。
「なぁ少尉。いつになったら俺は病院から解放されるんだ」
「さぁ。俺は医者じゃないから分からんが、よくて二週間くらいじゃないか」
「そんなもんかな」
「そんなもんだろ」
二週間か……、長いな。
あの黒ずくめの女が何者だったのか。
事件は何の為に起こされたものなのか。
結局なにも分からないまま、爆発事件は幕を閉じた。
黒幕とされていた脱獄犯のバルトが事件当夜、南部のラッシュバレーで酒を飲んでいたことが分かってから、軍はいきなり事件の捜査を取りやめてしまったのだ。
もちろんテオは、自分が見た女や銃を持った男達のことを話して、犯人捜査に協力しようとした。
(だが、中央の連中はまともに話すら聞いてくれなかった)
テオの目は自然と険しくなる。
(あれは絶対に不自然な対応だ)
事件解決を訴えるテオに、中央から査察にきた軍人たちは口をそろえてこう言った。
「人質は全員解放されたわけですし、もう良いじゃありませんか」
確かに人質は無事だった。
だが、犯人を野放しにさせておくのは如何なものか。
自分の足を恨めしげに眺め、テオは息を吐く。
(こんな状態じゃ何も出来ないしな)
いくら病室で吠えていても仕方がない。
こういう時は、自分の口で、見たことや聞いたことを報告しなければならないのだ。
テオの気持ちを知ってか知らずか、それまで黙って煙をくゆらせていたハボックが「そうそう」と切り出した。
「大佐から聞いたんだけどな、お前の記録を打ち破る奴が出てくるかもしれないぞ」
「あぁ。もしかして俺より若いとかいう?」
「今度、中央司令部で筆記試験と精神鑑定を受けるそうだ」
「へぇ。いよいよか」
リゼンブール出身だって大佐が言ってたな。
一度会ってみたい気がするけど。
「お前が色々焦る気持ちも分かるけどよ」
ハボックは立ち上がって、煙草の火を灰皿に押し付けてもみ消した。
「あんまり無茶はするなよ」
「してねーし」
「足に穴あけといて言えた口じゃねえよな」
呆れたようにそう言って立ち上がった少尉は、「表に立ってるから、なんかあったら呼べよ」と言った。
出て行こうとする少尉にテオは「ありがとな」と声を掛ける。
「時間がある時でいいからさ、大佐と中尉にも宜しく伝えといてくれよ」
「はいよ。……っと、病室から出たら敬語か。了解しました!」
病室の扉の外側からこちらに敬礼をしてみせるハボックに、テオは苦笑いを浮かべた。