Legend of Zelda
□希望
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パカ、パカと蹄の乾いた音が響く。
城までの道のりは美しい景色が続き、咲き乱れる花々の上をチョウが舞っていた。
しかし、何とも平和な空気が漂っている中で、私はめちゃくちゃ緊張していた。
「どうした。やけに口が重たいようだが」
「そ、そんなことないですよ?」
「見たところ賢者のようには見えぬが、姫に会いたいというのは本当か」
「うへぇ!? き、聞こえてましたか?」
「あれだけデカい声で喚いていればな」
徐々に見えてくる城の壁を見ながら、私は曖昧にごまかすことにした。
姫への伝言を、この男に言うのは危険な気がしたのだ。
「そりゃあ、ゼルダ姫の美しさは城下町でも評判ですから、お会いしたいと思う人は多いでしょう。それこそ、凡人から賢者に至るまで」
「ふん。口のうまいことだ」
ガノンドロフは短く鼻を鳴らした。
「俺が賢者を連れてきたと知ったら、姫はさぞかし驚かれると思ったのだがな」
「……?」
「貴様、もしも賢者でないと言うのなら、城に入っても意味はないぞ。ここは遊び半分で来るような場所ではない」
「……う、」
暗に、賢者でないならば帰れと言っているのだろう。
たしかに、ここで賢者である身を偽れば、私はただの一般人として城からつまみ出されるに違いない。
しかし、この男にすべてを話すのは、どうにも気が進まなかった。
(だいたい賢者の存在自体が信じられていないようだし、このままじゃ私、ただの変質者だと思われかねないよなぁ)
やっぱり、こっそり侵入した方が良かったのかもしれない。
そんなことを考えながら後悔していたら、ガノンドロフは痺れを切らしたのか、大きなため息を吐いた。
「……まぁいい。どうしても城を見学したいと言うならば、貴様を小姓として扱ってやろう。連れだと言えば王も疑わない筈だ」
「え? いいんですか!?」
振り向いて礼を言えば、ガノンドロフは眉をしかめて「気が済んだら帰れ」と言った。
めちゃくちゃ怖い顔だけど、もしかして心は優しい人なのかな。
やはり私の勘違いだったのだろうか。
(それにしてもギャップありすぎじゃね?)
そのあいだも黒馬は悠々と蹄を進め、私とガノンドロフはとうとう城の正門までたどりついた。
「ガノンドロフ様。ハイラル王が謁見の間でお待ちです」
着いて早々に、部下と思える兵士たちがガノンドロフに一礼する。
「待たせておけ。俺は少々やらねばならんことがある」
「はっ。して、その女性は……?」
「俺の連れだ」
馬から降ろしてもらい、私はガノンドロフのあとを追いかける形で城へ入った。
外壁と同じく、白を基調にした城内は、明るくて美しかった。真っ赤なふかふかの絨毯が足に気持ちいい。
(そう言えば、この世界にきてから土とか草の上しか歩いてなかったもんね)
それにしても、絵に描いたようなお城だ。
感動しながら歩いていると、ガノンドロフは大きな廊下から脇にそれて、さらに2階へとのぼっていく。
「あの、どちらへ行かれるんですか」
そう訊ねれば、ガノンドロフは「俺の執務室だ」と答えた。
「あー……そうですか。じゃあ私は、お城の見学をしてこようかなー……」
「勝手にウロつくな」
「……はい」
威圧感半端ないぃい!
逆らえないオーラとは、この事を言うのだろう。
やがて廊下の突き当たりの部屋につくと、促されて中へ入った。部屋は思ったより普通で、シンプルだった。
中を見回していると、背後でばたんと音がした。
「さて。本当のことを話して貰おうか」
目を光らせたガノンドロフが、後ろ手に扉を閉めていた。
「えーと、ガノンドロフ様?仰っている意味がよく分からないのですが」
「俺に隠し事がまかり通るとでも思ったか、古の賢者よ」
うわぁ。うわぁ……!!
なんか、やっぱり怖い人だった!!
血が逆流したように、全身に鳥肌が立つ。
(いや、待て待て。むしろ逆に考えよう)
ガノンドロフがこれだけ賢者に執着するということは、彼が何か知っているからなのだろう。
「わ、私が古の賢者だとしたら、どうするつもりだ」
とりあえず時間を稼がなければ。
勇気を振り絞って答えると、ガノンドロフは目を細める。
「ふん、そうだな。まずは賢者の力とやらがいかほどのものなのか、拷問にかけてでも知り尽くす必要があるな」
「ごっ!?」
拷問!?
いまサラッと怖いこと言った!?
いよいよ身の危険を感じて警戒する私に、ガノンドロフは一歩一歩近づいてくる。
「俺は力が欲しい。圧倒的な力をもってすれば、国など無用。何百という民を統率し、新しい時代を切り開くことも可能だ…!」
ついに壁際まで追い詰められた私は、顎に手を添えられ、思わず目を瞑った。
「ユウ。まず手始めに、貴様の賢者の力、俺が貰い受ける!!」
(ああ、殺される!!)
「何をしているのですか、ガノンドロフ」
刹那、凜とした声が木霊した。
ガノンドロフの肩がピクリと動き、背後の扉へと振り返る。拘束から解放された私は、急いで壁際から離れた。
扉の脇には、色の白い少女が立っていた。
ヴェールをかぶり、やわらかそうな生地を身にまとっている。
「これはこれは、麗しのゼルダ姫様」
慇懃に礼をしてみせるガノンドロフ。
「何か御用がおありかな?」
(あの子が……ゼルダ姫?)
思わず少女をまじまじと見てしまう。
ゼルダは私に小さく笑いかけると、ガノンドロフを一瞥して頷いた。
「父上が貴方を待ちわびています。すぐに謁見の間へいらして下さい」
有無を言わせぬ雰囲気に、ガノンドロフも逆らわないことにしたのか肩をすくめた。
「承知。すぐに参ろう」
マントをばさりと翻したガノンドロフは、最後にもう一度私を見ると、足音高く部屋を出ていってしまった。