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□ドルチェ
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「オレ、何やってんだろう……」
誰もいない教室で、綱吉は一人呟いた。
琥珀色の瞳を伏せ、大きく息を吐く。
手には、手作りらしき可愛い赤いラッピングのチョコレートを持っている。
もちろん、貰ったものではなくて、綱吉が作ったものだ。
好きなヒトのために。
そう、今日はバレンタインデー。
好きなヒトにチョコを渡す日である。
昨日、ビアンキたちが家のキッチンでチョコを作っていた。
それを見た綱吉は、思わずチョコを分けてもらって、自分も作ってしまったのだ。
渡せるかどうかも分からないのに。
綱吉には、密かに想い続けている人がいた。
この学校で頂点に立つ人。自分の最強の守護者であり、並盛をこよなく愛する人物。
雲雀恭弥だ。
「やっぱ気持ち悪いって思われるかなぁ……?」
手に持ったチョコを見ながら、やり場のない思いを吐き出す。
綱吉は、雲雀が時折見せる優しさに、いつからか惹かれるようになっていた。
いつもは冷たく見えてしまう雲雀だが、最近はその厳しさも和らいできたように綱吉は思うのだ。
──挨拶くらいは返してくれるようになったし。
それを獄寺や山本に話すと、二人とも決まって困ったような顔をし、そろって同じことを言うのだった。
「「それは、やっぱり……な」」
「?」
はっきりとは言ってはくれなかったので、分からずじまいになってしまったのだった。
そんなに言いづらいことだったのだろうか。
教室で、あれやこれやと渡す方法を思案していた綱吉は、
──いっそ、ヒバリさんがいない間に応接室に置いてくるっていう手も……。
なんていう考えにまで至ったとき、教室に誰かが入ってくる気配がした。
その気配はすっと綱吉の背後に立つ。
「君、ここで何してるの」
「ひゃ!?」
後ろから響いた声は、正に綱吉が思い悩んでいた張本人だった。
「ヒ、ヒバリさん」
雲雀はいつも通りの黒い学ランを肩に羽織り、綱吉の斜め後ろの机に腰掛ける。
「もう下校時刻だよ」
「え?」
言われて時計を確認すると、確かに下校時間の5分前だった。
考えるのに夢中で、時間が経つのを忘れていたようだ。
「す、すみません。すぐ帰りますから」
「今日は群れてないみたいだから、多目に見てあげる」
慌てて立ち上がろうとした綱吉を、雲雀はやんわりと止めた。
そのまま綱吉の前の席へ移動してきた。
綱吉は、さっと机の上に出していたチョコを隠す。
しかし、その動作を雲雀が見逃すはずがない。
「何隠してるの?」
「え?何でもないですよっ」
明らかに慌てている。
しかも顔を真っ赤にして、必死に何かを隠していた。
──余計に知りたくなるじゃない。
椅子に横向きに座っている雲雀は、綱吉の机に身を乗り出し、顔を近付けてきた。
「わっ」
鼻先が触れ合いそうなほどの距離しかない。
「見せないと咬み殺すよ」
ジャキッと、どこからともなくトンファーを取り出し、綱吉の首筋に添える。
どこか楽しそうに。
──ひぃっ!顔近い近い!!怖いのか恥ずかしいのか、表情をコロコロ変えていた綱吉は、観念したように答えた。
「分かりましたから。出しますから、トンファーしまってください」
言われるがまま、大人しくトンファーをしまう雲雀。
綱吉は再び顔を真っ赤に染めながら、おずおずと隠していたチョコを差し出す。
「これは、君がもらったの?」
「……いいえ」
「?」
下を向きながら、綱吉は言った。
「これは…………ヒバリさんに作ってきたんです」
最後の方は消え入りそうな声になってしまったが、この距離では完全に聞こえていた。
「!……君が?」
──やっぱり気持ち悪いよなぁ。男にもらうなんて。
「ごめんなさい、嫌ですよねっ」
なんとなく雲雀の顔を見たくなくて、ぎゅっと固く目を閉じ、そのまま帰ろうとする綱吉。
「待ちなよ」
立ち上がった綱吉の袖が、ついと引かれた。
「?」
「誰が嫌だって言ったの」
雲雀の顔を見ると、じっときれいな黒曜石の瞳で見つめられた。
「だって……」
大きな琥珀色の瞳に、うっすらと涙を溜め、雲雀を見つめる綱吉。
「もらってあげる」
予想外の言葉が、美しい口から紡がれた。
雲雀にしては珍しく、仄かに頬が紅潮しているように見える。
綱吉は信じられないと言わんばかりに、瞳を大きく見開いた。
「ほ、ほんとですか」
「僕は嘘は言わないよ」
「ありがとうございます、ヒバリさん!」
今にも尻尾を振りそうな勢いの綱吉を見て、子犬のようだな、と雲雀は思った。
「でも、何で受け取ってくれるんですか?」
「何でって…………」
「わわっ」
クイッとさっきよりも強く袖を引っ張られた綱吉は、バランスを崩してよろめいた。
ぽすんと雲雀の膝の上に座らされ、腰に手が回される。
がっちりと拘束され、綱吉は恥ずかしさで、ますます顔を紅潮させた。
「ヒバリさん?」
突然のことで、綱吉は目を白黒させている。
「好きでもなかったら、男からなんてチョコ貰わないよ」
と耳元に、艶っぽい声で雲雀は囁いた。
「!」
「君は僕が好きなんでしょ?」
一瞬返答に詰まったが、本当の気持ちを吐き出す。
「……はい」
「僕も好きだよ」
躊躇いもなく告白された綱吉は、おずおずと後ろを振り向いた。
「それも……本当?」
「嘘はつかないって言ったろう」
特に君にはね、と言った雲雀は、ぽふぽふと綱吉のはちみつ色をした髪を撫でる。
いつもの雲雀からは想像もつかないくらいに、優しく愛おしむように。
雲雀の上に横座りになったまま、綱吉は嬉しさのあまり泣き出してしまった。
「……ふえっ、えっぐ」
「何で泣くの」
「ごめんなさ……すっごい嬉しくて」
ぽすっ、と雲雀は綱吉のやわらかい髪に自分のあごを埋め、泣きながら笑う綱吉を優しく抱き締めた。
「バカだね、君は」
言いながら、雲雀は優しく微笑む。
「嬉しいときは笑っていなよ。君にはそれが一番似合うんだから」
綱吉の瞳から、煌めく水の粒をそっと掬い上げた。
ごしごしと目を擦った綱吉は、雲雀に向き直り、改めて告げる。
「はい。……大好きです、ヒバリさん!」
綱吉は雲雀に身を預け、とびきりの笑顔を雲雀に向けた。
二人きりの教室には、チョコよりも甘い空気で満たされていた。
END