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□やさしいキス
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 暖かな午後の陽光が降り注ぐ、壮大な城。
 イタリアにそびえ立つこの城は、マフィア界の頂点に立つボンゴレのものである。
 オレンジ色に染まったある部屋の中に、一人の青年がいた。

 ボンゴレファミリー10代目ボス、沢田綱吉である。
 柔和な顔立ちで、淡いオレンジ色のカッターシャツに身を包んでいるに彼は、一人この執務室で仕事をこなしていた。
 机から顔を上げ、椅子に深くもたれ掛かる。
 陽光に、いつもは綺麗なはちみつ色の髪を赤銅色に染めながら、綱吉は溜め息をついた。

「うぅ……やばいな。ここんとこ忙しかったからあんまり寝てないや」

 頭がくらくらする。
 片手で頭を押さえた。
 ちょっと気を抜けば倒れてしまうかもしれない。


 コンコン


「ん?」
 来訪者のようだ。
「どうぞ」
 危険な気配もしなかったので、入室を許す。
 むしろ、今一番会いたかった人の気配だったから。
 綱吉は顔をほころばせる。

 荘厳な木造の扉が開き、そこから彼の雲の守護者、雲雀恭弥が現れた。
 いつも通りの仕事着である、紫色のシャツに黒いスーツといった出で立ちで、手には書類を数枚持っている。


 彼は綱吉の最も愛する人である。
 そして、それは雲雀の方も同じ。
 つまり、二人は恋人同士なのだ。
 皆には内緒にしているが、中には感づいている奴もいるのだろう。
 特に、某家庭教師などは。


「ヒバリさん」
「……綱吉。顔色悪いみたいだけど、大丈夫かい?」
「え」
 入ってきたとたん、雲雀は眉根を寄せた。
 後ろ手にドアを、ぱたんと閉める。
 努めて気丈にしていたつもりだったのだが、そんなに顔に現れていたのだろうか。
 一目で見抜かれてしまったので、綱吉は素直に自然体でいることにした。
 へたんと机に沈み込む。
「バレました?実はここんとこあんまり寝てないんです」
 そう言って笑う綱吉。
「君は隠し事が苦手なんだよ」
「そうですか?結構上手くやってると思うんですけど」
 少なくとも、雲雀以外の皆にはバレていないつもりだ。
 言いながらお茶を出そうと、部屋に備え付けてあるキッチンへと向かいかけたとき――――


 ふらっ


 何の前兆もなく、綱吉の体が傾いだ。
 そのまま立ち直ることなく倒れていく。
 その先には机の角が――――


 とっ


 綱吉の体はぶつかることなく、空中で止まっていた。
 ぶつかる寸前、雲雀が咄嗟に受け止めたのだ。
 綱吉はうつ伏せに雲雀の腕にもたれている。
「危ないな。どうしたの?」
「……」
 返答がない。
「?」
 雲雀は綱吉を横向きに抱え直す。
 すると彼は、とても穏やかな、安心しきった表情で眠っていた。
「……」

 ──さっき寝てないと言ってはいたけど、まさか今この状況で寝るとは。

 疲れが限界に達し、ちょっと気が抜けた瞬間に、気力も尽きてしまったのだろう。
 いささか呆れてしまう雲雀だった。
「君、ほんと何処でも寝るよね」
 昔から、学校の応接室でも普通に寝ていたのを思い出した。
 言いながら、綱吉を横抱きに抱え上げる。
 このままにしておくのも何なので、隣の寝室まで運ぶことにした。

 寝室は、この執務室から扉一枚で繋がっているため、いちいち廊下に出る必要はない。
 だから、他の守護者たちに見られる心配もないのだ。
 雲雀は執務室から扉を開け、寝室に入った。
 窓にカーテンが引かれていたため、薄暗い室内だったが、迷うことなくベッドへと向かう。
 綱吉をベッドに寝かせ、自分もベッドの端に腰を下ろした。

 ――仕方ない、書類だけ置いて帰ろうか。

 そう思って、穏やかに眠っている綱吉の顔を眺めてから立ち上がろうとしたが――――


 くいっ


 何かに雲雀のスーツの裾が引かれた。
「?」
 振り返ってみると、横向きに眠っていた綱吉が掴んでいたのだった。
 しっかりと。
 少し引っ張ってみたが、全く綱吉は裾を離す気配がない。
「……」
 しばらく黙ったまま、立ちかけた姿勢だった雲雀は、再び腰を下ろした。
「そんなに居てほしいの?」
 さらり、と綱吉の前髪を撫でる。
 聞こえていないことは分かっているが、あえて声に出して言った。

 最近話す機会がほとんどなかったから。
 お互いに忙しい身で、擦れ違うことがある程度だったのだ。

 無意識なのにすごいね君、といとおしむように綱吉の顔を見つめる雲雀。
 気のせいか、綱吉は先程よりも少し笑っているように見える。


 そのまま10分程経った頃。
 じっくりと綱吉を眺めていた雲雀は、一人呟く。

「でも、こんなに簡単に寝顔さらしちゃって……無防備過ぎるよ、綱吉」

 雲雀は片肘をベッドに置き、綱吉に覆い被さるような姿勢になった。
 もう片方の手を綱吉の頬に添え――――


 優しい口づけを頬に落とした。


「……ん」
 たった一度の接触だったのだが、綱吉は起きたようだ。

 うっすらと目を開けると、目の前には整った顔があった。
 ――きれいだなぁ。
 とろんとした目のまま、なんとなく、ただ純粋にそう思う。

 すっと雲雀は身を起こした。
「ふえ……?」
 突然景色が変わり、少し驚く。
 起きたばかりで状況がいまいち把握できていなかったが、とりあえず身を起こしてみることにした。
 といっても、両肘を枕について寝そべった形だ。
 ふと、自分の真横に人の気配を感じ、目をそちらに向けた。
 見た途端、寝ぼけていた目が一瞬で覚めた。
「……ヒバリさん!?」
 がばっと、今度はしっかり体を起こす。
「あれ?何でここに?」
「何でって、君が呼んだんでしょ」
「…………!あぁ、そうでしたね」
 先程話していたのを思い出した。
 納得といった風に、手をポンと打ち鳴らす。
「さっき突然倒れたんだよ」
「え……。あ、ここまで運んでくれたんですね。ありがとうございます」
「頼まれてた書類は君の机に置いておくから、君はもう少し寝てな」
 そう言って、雲雀は綱吉の頭をぱふぱふと撫でた。
「はぁい」
「じゃあ、僕はまだ仕事があるから行くよ」
「え!もう……ですか」
 立ち上がった雲雀を見上げて、肩を落とす綱吉。
 子犬みたいだと雲雀は思った。
「仕方ないな。今夜にでもまた来てあげるよ」
「!……でも、忙しいんじゃ?」
「大丈夫だよ。それほど時間のかかる仕事はないし。それに、久々だから恋人と一緒にいたいじゃない」
 さらりと言った。
 すると雲雀は少し身を屈めて、綱吉の耳元へと口を近付け――――


『愛してるよ』


 とささやいた。
 一瞬にして綱吉は、ボンッと音が聞こえそうなほど鮮やかに顔を朱に染めた。
 その分かりやすい反応に、雲雀は微笑む。

 もう何回もそんな愛の言葉を言われているのに、一向に慣れない。
 綱吉なら恥ずかしくて、なかなか言えないことも雲雀は簡単に言ってしまう。
 そういうとこをちょっぴり、羨ましいなぁと考えてしまうのだった。

 そういえば、と赤い顔のまま改めて雲雀へと向き直った。
「……オレが寝てる間に何かしました?」
 やけにほっぺに違和感があったんですけど、と綱吉は自分の頬に手を添えて言う。
「さぁ?」
 言いながら雲雀は、寝室のドアへ向かった。
 絶対に何かありそうな含み笑いを浮かべて、雲雀はドアの脇に背を預ける。
「何をされたのか気になるなら、無闇に無防備な姿は晒さない方がいいんじゃない」
「……それって、何かしたってこと?」
「じゃ、また今夜ね」
 問いには答えず、雲雀は部屋から出ていった。


「やっぱりあれは夢じゃなかったのか……」
 夢うつつ状態で朧気だったから、記憶が確かなのか分からなかったのだが。
 今はっきりした。
 あれは夢ではないと。
 あの含み笑いは絶対そうだ。
 一応、何をされたのかは覚えていた。
 思い出して、綱吉は再び顔を真っ赤に染める。

 ――何も、寝てるときにしなくてもいいのに。

 もう何回もされているはずなのだが、何度経験しても綱吉は慣れないのだった。


 しばらく綱吉はベッドの上に座り、ぼんやりしていた。
 そこへ、
「ちゃおっす」
「わっ……!」
 軽快な挨拶と共に、アルコバレーノの一人、リボーンが綱吉の顔を除き込んできた。
 びっくりして、危うくひっくり返りそうになる。
「リボーン、びっくりさせないでよ」
 赤いままの顔が見えないように、ばふんと大きな枕に顔を突っ込む。
「なんだ、さっき雲雀と擦れ違ったが、何かあったのか?」
 面白そうに、ニヒルな笑みを浮かべているのが、見えていなくても目に浮かびそうな言い方だ。
「ベっ、別に?オレもう少し寝てるから」
 枕越しなため、くぐもった声で返事をした。
 ――少し声上ずったけど、バレてないよな。
 リボーンには何でもバレていそうな気もするのだが、ここは敢えてプラス思考で。
「そうか、なら夕食時になったら誰か呼びに行かせるぞ」
 あっさりと、深くは追求してこなかった。
 少しだけ、枕から顔を上げる。
「ああ、ありがと」
「じゃあな」
 リボーンは部屋を出ていった。


 ぼすん、と今度は仰向けにベッドに転がった綱吉。

 ――あいつ何しに来たんだろう。

 リボーンはいつも気まぐれで、ふらりと部屋に立ち寄ることがあった。
 今回もその類いだろうと考え、もぞもぞとふとんに潜り込む。

 ――寝よ。夜、ヒバリさん来てくれるし。

 愛する恋人を思い浮かべ、仄かに笑う。
 夜を楽しみにしながら、綱吉は眠りについた。


END
こっから先は、皆さんのご想像にお任せします(笑)
存分にイチャイチャさせちゃってください。

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