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□君の名前
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「綱吉」



ベランダにもたれかかって、ぼーっと外を眺めている彼に、雲雀は背後から声をかけた。
さらさらとはちみつ色の髪を風に遊ばせ、瞳はどこか遠くの方を見ているように虚ろだ。

呼ばれたはずの彼は、振り向かない。


「……綱吉?」


雲雀はもう一度彼の名を呼んだ。
黒いスーツに包まれた綱吉の背中が、どこかいつも以上に小さいように感じながら。
「……え、あ。あっ、雲雀さん!」
二度目の呼びかけでようやく雲雀の存在に気付いた綱吉は、後ろを振り返ると、ぱあっと顔を明るくした。
いつもの綱吉の優しい笑顔を見せる。


「どうしたの?」


君が僕の呼びかけにすぐ答えないなんて、今までなかったじゃない。


「え。いや、あの……すぐにオレの名前だって気付かなくって」
にしても雲雀さん気配消すの上手すぎですよ、と少し力なく笑う綱吉。

「自分の名前を忘れたとでもいうの?」

少し呆れたように雲雀が言うと、綱吉は寂しそうに瞳を伏せた。
「……」
「……何かあったのかい」
すっと雲雀は綱吉の隣へ移動する。
すると綱吉はまた外を眺めながら話し始めた。


「オレがボンゴレ10代目に就任してから、みんなオレのこと『10代目』とか『ボス』って呼ぶようになったじゃないですか」
「そうだね」
「山本とかはまだ『ツナ』って呼んでくれてますけど、それもオレの本当の名前じゃないわけで」
ここで言葉を切って、雲雀を見上げた。

「ここのみんな、誰も『綱吉』って呼ばないんです」

綱吉は笑いながら、少しだけ悲しげに顔を歪める。
「だから、いざ『綱吉』って呼ばれると一瞬誰のことだか分からなくなっちゃってて……」
あはは、と力なく笑う。

愚痴と言うほどではないにしても、綱吉にしては珍しい本音だった。
普段は滅多に愚痴をこぼさないので、他の守護者達に、ストレスを溜め込んでいるのではないか、と心配されていたほどだ。

「名前で呼んでくれるの……雲雀さんくらいですけど、いつも飛び回ってますし、最近も忙しいから会えなかったし。骸も一応名前入ってますけどフルネームで呼ぶこと多いし、最近全く顔出さないし……」
むぅ、と綱吉は不満げに膨れた顔をする。



──ぽふん



「??……んん?」
気付けば目の前には、つやつやした漆黒の髪が見える。
綱吉は雲雀に抱き寄せられていた。
「雲雀さん?」
抱き寄せられたまま、訳が分からないといった顔で雲雀にされるがままになる。
雲雀は何も言わずに綱吉の髪を、ぽふぽふと撫でていた。
しばらくそのままにしていたが、やがて雲雀は口を開いた。


「寂しかったんだろう?」


「……!」



『綱吉』



「はい?」
唐突に呼ばれた綱吉は、不思議そうな音を含ませた声で返事をした。


「誰も呼ばないのなら、僕がいくらでも呼んであげる」


「!」

綱吉は目を見開く。
反射的にぱっと顔を上げると、目の前には雲雀の整った顔があった。
黒い瞳と琥珀色の瞳が見つめあう。

「何度でも呼んであげるよ。君が忘れてしまわないように」


──ちゅ


そう言って雲雀は、優しいキスを綱吉の瞼に落とした。
「え、でも仕事は?」
顔を赤らめながら綱吉が尋ねると、雲雀は笑みを浮かべつつ答える。
「しばらくはこっちにいられるように仕事終わらせてきたから、当分は大丈夫。こっちでもできる仕事はあるしね」

しばし沈黙した綱吉は、口元を緩めて言った。
「っ…………ありがとうございます、雲雀さん」
赤くなった顔のまま、嬉しそうにふんわりと笑いながら。
そして自分から雲雀に抱きついた。


そんな二人の姿を、夕暮れ色に染まった大空が暖かく包み込んでいった。



END
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