pirates in love
□Link〜前編
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賑やかな町の喧騒から、少し外れた港。
停泊した船は心地よい風を受け、船体を緩やかに揺らす。
静かな波音が響く午後。
窓から日差しが差し込む船長室で。
「「……は?」」
俺とシンは、同時に声を上げた。
「だから、お前とナギに特別任務を与える。次の宝に関する情報を入手するための潜入捜査だ」
船長が、珍しく真剣な顔で俺達に言った。
「…すみません、もう一度任務の内容を教えていただけますか?」
「ん?潜入先が高級ホテルのパーティー会場って事か?」
「…ではなくて」
「その日はそのホテルに宿泊して構わない」
「それはいいのですが…」
「勿論パーティーで出た料理は、タッパーに詰めてコッソリ持って帰ってきていいからな!」
なんだと?それは初耳だ。
「いえ、料理の事はどうでもいいんです。俺が聞きたいのは任務の内容です」
どうでもいい!?
俺はシンを二度見した。
どうでもいいとか言うなよ。
タッパー持参許可が出たことで、一人テンション上がってた俺が馬鹿みたいじゃねーか。
そう心の内で文句を言っても、シンには届くはずもなく。
「よしいいだろう!何度でも教えてやる!お前らが参加するのは、『めくるめくBLの世界・集え男同士の恋人達!今夜はお前を離さないぜベイベー』的なパーティーだ!」
「あなたふざけてるんですか!?」
船長のやたらと抽象的な説明に、シンは遂にキレた。
船長がふざけてるかふざけていないかで言ったら、答えは明白だ。
ふざけている。
豪快に笑う船長と、怒りを顕わにするシン。俺は二人の間に挟まれ、小さく溜息をついた。
船長が言うには、この島では毎年この時期になると同性愛者を集めたパーティーが開かれるらしい。
そして、今夜がまさにそのパーティーの日という事だった。
それだけなら、別にスルーしても良い話だが…なんと今回目指す宝の在り処に繋がるある物を、そのパーティーの常連カップルが持っているという情報が入ってきた。
とは言っても、船長が娼館で仕入れた情報だ。
男色の人間が娼館の世話になる事はないから、そんな情報が娼館に流れているのは不自然だろう。
けれど船長は、僅かな可能性に賭けてみることにしたらしい。
そして情報収集のための生贄……いや、精鋭として、俺とシンに白羽の矢が立った。
要するに、恋人同士のふりをして、そのパーティーに参加しろという事だ。
「その任務、俺達じゃなければいけない理由でもあるんですか?」
まだ怒りが収まらない様子で、シンが言った。
「誰にでも遂行できる任務なら、仕事抱えてるお前らにわざわざ頼まねえよ。お前、ハヤテやトワに同性愛者の集団の中に潜入する度胸と演技力があると思うか?」
「まず無いですね」
「だろ?そういう事だ」
「じゃあ、船長とドクターで」
「ハッハッハ。ソウシに『俺と恋人同士のふりをしろ』なんて言ってみろ。一瞬で首の骨折られて終わるぜ」
「別にいいんじゃないですか?」
「何がいいんだ馬鹿野郎!;」
シンの薄情な一言に、さすがの船長も目を見開いた。
それにしても、船長から見たドクターは、一体どこまで恐ろしい男なんだ。
俺は、穏やかな笑みを浮かべるドクターを思い浮かべた。
……うん、怖ぇな。
あんな優しい笑みを浮かべておきながら、言う事やる事が結構エグイところが怖ぇ。
俺が船長の描くドクター像に納得したところで、シンが船長に尋ねた。
「ちなみにですけど、そのお宝というのは一体何なんですか?」
「ああ、それなんだがな」
グッと身を乗り出してきた船長が、自信に満ち溢れた様子で堂々と言い放った。
「今回のお宝は、なんと!『鳳凰の翼』だ!」
「『鳳凰の翼』?」
シンが、その名前を反芻した。
『鳳凰の翼』
その宝については、聞いた事がある。
いつだったか、ドクターが教えてくれた宝だ。
約2000年前、とある島で謎の鉱物が発見された。
その鉱物は血のように赤く、どんな道具も歯が立たないほど硬いものだったらしい。
美しさは他の宝石に勝るものだったが、割ることも削ることも出来ず、長い間その鉱物が世に出ることはなかった。
そしてその鉱物の産出地である島は、地殻変動によって沈んでしまい、鉱物は幻のものとなった。
ところが今から約500年ほど前、その鉱物を加工したものとされる宝石が見つかった。
それは伝説上の生き物である鳳凰を象ったもので、誰がどうやって加工したのかも分からない。
現在の技術では説明がつかないほど、その作りは精巧なものだったらしい。
それが発見されたのは、鉱物の産出島の隣の島。
海に面した断崖の洞窟で見つかったようで、島が沈む時に避難してきた工人が隠したんだろうと言われている。
世界に唯一のその美しさは多くの人々を惹きつけ、それを巡っての争いが各地で繰り広げられた。
長い歴史の中で数多の人々の手に渡り、時には海賊やトレジャーハンターのもとを転々としながら、海を越え、島を越えてきた。
しかし、いつしかその行方がわからなくなったのだという。
名のある海賊がどこかに隠したとも、嵐に遭った船と共に海の底に沈んだとも言われているが、真相は誰も知らない。
もはやこの世で見つける事は不可能だと思っていた伝説の宝だった。
「どうだ?シン。面白そうだろ?」
船長がシンの肩を叩く。
「……」
シンは少しの間考えるような表情を浮かべた後、冷静に船長に尋ねた。
「鳳凰の翼は、今でも船乗りの間では有名な伝説の宝です。それが今でもどこかにあるというなら、なぜ今まで誰も探そうとしなかったんです?」
簡単には信じない。
疑念が解消されるまでは、容易には動かない。
そんな神経質ともいえるシンらしい質問だった。
しかし、そんなシンの言葉も、船長は予想していたらしい。
「なぜって?そりゃ皆自分の命が大事だからだ。お前もその宝にまつわる噂くらいは知ってんだろ?」
「…噂?」
俺は反芻する。
鳳凰の翼にまつわる噂なんて聞いたことがなかった。
俺が疑問符を浮かべていると、シンは小さく溜息をついて面倒そうに言った。
「手に入れた者を不幸に陥れるという噂でしょう。今まで鳳凰の翼を手にした連中は、皆不遇の死を遂げているとか。けど、そんな根も葉もない噂が理由で探すのを諦めたって言うんですか?日頃から命を懸けて宝を探している海賊達が?そんなわけないでしょう。宝の存在の信憑性が低かったからですよ。失礼ですが、船長が持ってきたその情報、俺にはガセとしか思えません」
そうキッパリ告げると、シンは肩に置かれた船長の手を払おうとした。
…が、
シンが力を入れても、その手はシンの肩を離れることはなく、ビクともしない様子だ。
シンが眉間に皺を寄せて船長を見る。
「シン、俺は悲しいぞ?」
シンのそんな視線などお構いなしに、船長はそう言いながらなおもシンの肩を強く掴んだ。
「ちょっと…離してください」
「うるせえ。いいか?俺達は今までどうやって宝をゲットしてきた?吹けば飛んじまうような薄っぺらい情報でも、細くて切れちまいそうな糸のような情報でも、信じて追い続けてきたからこそ、幻と言われたような宝にありつくことが出来たんだ。俺は、この船の連中は全員そんな微かな光でも追い求めるようなガッツある奴らだと思っていた。そんな中での今のお前の発言…。俺は非常にショックだ、シン」
「いや、指食い込んで痛いんですけど」
「さてはお前!鳳凰の翼の噂を恐れてるな?いつものお前なら、どんないわくつきの宝だって貪欲に探してきたじゃねえか!」
「別に恐れてません。情報の信憑性が低いと言ってるんです」
「よーし分かった!船長である俺の言葉に従えねぇなら、この船を出ていけ!宝を追い求める情熱を失った奴など、シリウスにはいらん!」
「お世話になりました。お元気で」
「待て待て待て待て!冗談だ冗談!;」
一礼をしてあっさりと踵を返すシンを、船長が慌てて止めた。
傍観者となった俺は、そんな二人のやりとりを眺めながらボンヤリ思っていた。
コントか。
「いいか?シン。これはシリウス海賊団の威信を懸けた宝探しなんだ。俺達が伝説の宝を手に入れたと知れ渡ってみろ。世界中の海賊達が、我がシリウス海賊団を畏れ敬うに違いない!」
「シリウス海賊団の威信を懸けた?娼館での借金返済を懸けた…の間違いでしょう」
「ぎくっ…」
「ドクターに聞きましたよ。また派手に遊びまくって多額の借金を作って来たそうですね」
「あいつ、余計な事を…」
「素直に言ったらどうですか?借金返済の為の金を作りたいから、何がなんでも鳳凰の翼を見つけ出したいと」
「うっ…」
「嫌ならいいです。今回の話は無かった事に…」
「待てぃ!よーし、俺も男だ。言ってやろうじゃねぇか!鳳凰の翼を探し出して金に換えたいので、協力してください!」
謎の威厳を携えて、船長はシンに言った。
今しがた「シリウス海賊団の威信」とか言ってた人のする事じゃねぇと思うんだが。
するとシンは深く溜め息をつき、まるで駄々をこねる子供に母親が告げるが如く呟いた。
「今回だけですよ」
どっちの方が立場が上なのか。
もはや分かったもんじゃなかった。
「パーティーは夜の6時からだ。間に合うように行けよ。場所は分かるな?」
船長の言葉に、俺達は同時に「はい」と返事をした。
そのまま会釈をし、退室する。
船長室の扉を閉めた時、シンの小さな溜息が聞こえた。
「…良かったのか?引き受けて」
声を掛けると、シンは意外にも笑って俺を見てきた。
「まぁ、いいんじゃないか?伝説のお宝を探す為の情報収集というのも、面白そうだ」
どうやら先程の気乗りしない様子は、借金を作ってきた船長に対する当て付けだったらしい。
借金返済の為に遣われるのが許せなかったんだろう。
だが、プライドの高いシンが本気で怒った時に取る行動を思えば、今回船長に頭を下げさせたのは、まだ優しい方だった。
というか、俺が「良かったのか?」と聞いたのは、そこじゃねぇ。
今回の任務は同性愛者のパーティーへの潜入。
俺達は恋人同士として参加する事になる。
情報収集、特に潜入調査ともなると、周囲の人間に疑われたら終わり。
完璧に集団の中に溶け込む必要がある。
恋人同士という設定となれば、場合によっては際どい演技も必要になってくる。
それを臆することなく遂行することができるのか。
それが気掛かりだった。
すると、突然シンが振り返って俺に聞いてきた。
「それよりお前、大丈夫なのか?俺達は恋人同士っていう設定らしいぞ?」
それでも今回の任務を受けるのか?と、その目は尋ねていた。
今まさに俺がぶつけようとしていた質問をされ、一瞬言葉に詰まる。
けれど俺の方は、もう答えは決まっていた。
「やるしかねーだろ」
俺は、端的に答えた。
むしろ、他の奴等にやらせてたまるか。
シンの恋人役を。
……なんて、そんな事は絶対言わねーけど。
俺の答えを聞いたシンは、何も言わずにフッと笑うとまた歩き出した。
反論が出ないところをみると、納得のいく答えだったらしい。
先を歩くシンを眺めた時、シンの髪に目が留まった。
「シン」
声を掛けると、シンが足を止める。
振り返ろうとしたシンの髪に手を伸ばし、細い黒髪に触れた。
さらりと滑らかな感触が指先に溶ける。
ひと房の髪を指で挟んでスルッと滑らせた時、ようやくシンと目が合った。
「……ゴミ、ついてた」
そう一言だけ呟いて、指先を擦り合わせる。
小さな糸くずは、すぐに風に消えていった。
「ああ」
シンは特に礼を言うわけでもなく、また踵を返して歩き出す。
やべぇ…またやっちまった
俺は今しがたシンの髪に触れた手を握り締めた。
シンは他人に不用意に触れられるのを嫌う。
船長やハヤテがふざけて髪に触れたりすると、明らかに顔を顰める。(スキンシップの多いドクターに対しては、もはや諦めの境地に達しているようだが)
だから、触れないようにと気を付けていたのに。
いつも咄嗟の時に、それを忘れてしまう。
シンは、俺に触れられて悪態をついたことはない。嫌な顔を見せたこともない。
シンなりに気を遣っているだけなのかもしれねぇけど。
その理由を知りたいと思うようになったのは。
他の誰にも触れさせたくないと思ったのは、いつからだろう。
俺は、前を歩くシンの後ろ姿から静かに目を逸らした、
それから船室に向かうまでの間、俺達は一言も交わさなかった。
けれど、自室のドアを開けて部屋に入る直前、ふいにシンが話しかけてきた。
「何時に出る?」
そこで初めて、出発時刻を打ち合わせていなかったことに気が付いた。
シンに問われて、俺は暫し考える。
船長が言っていたホテルまでは、ここから歩いて15分ほどだ。
パーティーが始まる10分前には会場に着いておきたい。
となると…
「…5時半くらいでいいんじゃねーか?」
だいたいの時間を考慮して、俺はそう答えた。
それを聞き、シンは一旦頷く。
が、すぐに首の動きを止めると、思い出したように言い加えた。
「買い物あるから5時20分」
今度は俺が頷いた。
何を買うつもりなのかは知らねえが、たぶん煙草か何かだろう。
細かく時間を刻むあたりが、シンらしい。
俺が承諾したのを見ると、シンはそのまま部屋に入って行った。
5時20分か…
あと4時間も無ぇな
俺は出発までにやるべき事を頭の中で広げた。
3時のおやつのドーナツ作り。
じゃがいもと玉ねぎの在庫確認。
午前中に干しておいた肉と野菜とイカの回収。
船に残る奴らの晩飯の準備。
風呂掃除当番。
意外にもやることが多く、どうやってそれらをこなそうか考えていたところで…
バタン!
突然、甲板に続くドアが開く音がした。
バタバタという騒がしい音を立てて、誰かが階段を駆け下りてくる。
この音…絶対ハヤテだな。
丁度いい。じゃがいもと玉ねぎの在庫確認は、あいつにやらせよう。
俺は手伝いを申し付けられて文句を言うハヤテを想像しながら、階段の方へ歩いていった。
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