Ib 〜If art〜
□第01話 奪われた家族
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誰かの母「いい? ちゃんと良い子にしてるのよ」
誰かの父「いいかい? 絶対に悪さはいけないよ」
誰かの母「あなたは私たちの子……。悪い子であるはずがないわ。そうよね?」
誰かの父「お前は優しい子だ。私たちを悲しませるような悪い子なんかじゃ、ないだろう?」
誰かの子「………はい…。お母様…、お父様…」
とある一室。
そこには絵本や遊び道具といった物など一切なく、教本や筆などの勉強道具だけで満たされていた。
信じられないことに、この部屋がこの家族にとっての子供部屋だった。
おそらく言われたとしても信じられないだろう。
誰かの母「しっかり勉強するのよ」
誰かの父「サボるような悪い子じゃないんだ。心配ないさ」
誰かの母「それもそうね、ふふ」
そう言い合った両親は部屋から出て行く。
外側から鍵を掛けられるわけではないが、その子供は部屋から出ようとはしなかった。
実際、その子はとても親思いであり、両親の期待に答えようと必死で勉強する。
遊ぶことを禁じられた幼少時代。
そんな空間で、その子供は育っていった。
名門クロフトルス・オールド学院。
木曜日の今日、イヴは机に着きつつ窓の外をボーっと眺めていた。
ジニー「……どうしたのかな、イヴ」
ネル「…分かんない」
その様子を、心配な表情で伺うジニーとネル。
いつもなら何気なく訊ねることが出来るのだが、今のイヴからは“そっとしておいてほしい”というオーラが感じられた。
イヴ(………メアリー…)
そしてイヴは、いなくなってしまった友達のことを考えていた。
襲撃されたらしいギャリーのアパート。
金目のものには一切手を付けず、イヴとギャリーで描いたメアリーの絵画だけを盗んだ空き巣。
ゲルテナの作品と勘違いしたのだろうか?
だとしても、何とかして取り戻したいことに変わりはない。
だが、手の出しようがないイヴもギャリーも、今は警察からの情報を待つしかなかった。
イヴ(………メアリー。今、何処にいるの…?)
今は、ただ心配することしかできない。
無事を祈ることしかできない。
イブリッド芸術大学。
例えるならば、抜け殻のようになったギャリーがそこにいた。
ルイスもアイナも、作品に手を付けられず心配してくれていた。
そこに、教室に顔を出したウルスラが加わって二人に訊ねた。
ウルスラ「……今日のギャリーちゃん、どうしたの?」
アイナ「何でも、空き巣に入られたらしいんです」
ウルスラ「…空き巣!?」
ルイス「しかも、何か大事な物を盗まれちゃったらしくて……。朝から、ずっとあんな感じです」
ウルスラ「……そうなの」
心配そうな表情でギャリーを見つめる三人。
元気などあるはずのないギャリーは、肩を落として深く溜息を吐いた。
ギャリー(………メアリー…)
一人きりになってしまった、アパートの一室。
メアリーがいる。
それだけでどれほど明るく楽しい毎日だったのかを思い知らされていた。
メアリーと出会う前、あの美術館に行く前の生活を思い出せない。
だから、その生活には戻れない。
“あっち”でメアリーに怖い思いをさせられたことなど、もうどうでもいい。
今のギャリーにとて、メアリーは家族同然なのだから。
ギャリー(……メアリー。アンタ、今何処にいるのよ…)
一人でいるのは寂しい。
そう思うことは、大人であってもおかしなことではないはずだ。