とある短編の創作小説
□それはまるで至福の噴水
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生徒会室のド真ん中に設置された機材。
否、機材というには可愛らしく、どちらかと言えば大型の子供向け玩具といったところだろう。
鳴神鴻「…エージ、これは一体なんだ?」
件のものを持ち込んだ張本人、榊木鋭史は頬を掻きつつ渋々と答える。
榊木鋭史「…さっき、生徒会の買い出しに行った時だ。福引券を貰ってな」
鳴神鴻「……」
榊木鋭史「今日で終いだったみたいだから、ついでに福引も引いてきちまった。悪い」
鳴神鴻「謝罪を求めてるわけじゃないんだ、謝らなくていい。それに、僕はこの福引の景品が何なのかと聞いているんだ」
榊木鋭史「…まあ、見ての通りだ」
例えるなら、形は縦に長くそびえる噴水。
だが、そこに流されるのは水などではない。
何故ならこれは……。
榊木鋭史「家庭用“チョコレートファウンテン”だろ。三等だった」
鳴神先輩も思わず溜息。
目の前の物が何だったのかは、正直なところ分かっていた。
視界の隅にて暁が、わざわざ家庭科室に赴いてまで溶かしてきた大量のチョコレートを掻き混ぜているのだから。
しかも鼻歌まで歌いながら。
朝霧敦士「おれ、チョコレートファウンテンは初めてです……。新しいマイブームの予感がします」
鳴神鴻「なら、ついでに覚えておくことです。チョコレートファウンテンは生クリームを加えて溶かしたチョコレートのみで食べられるものではないのですよ」
御堂十弥「あー、その心配なら大丈夫そうっスよ。今、彩が果物揃えに行ってるみたいっスから」
さすがに甘いものとなれば興味があったらしい。
理事長と言えども、所詮は女子高生である。
羽々崎暁「出ぇ来たぁ♪ 果物の準備はッ?」
榊木鋭史「もう少し待て。そろそろ戻ってくr」
真奈部彩「お待たせぇ! 果物と一緒にマシュマロも貰ってきちゃった!」
鳴神鴻「……一体どこから」
榊木先輩の言葉を遮り、生徒会室に帰還した彩の腕には、イチゴやバナナなどの果物を初めとして、マシュマロという王道なソフトキャンディーが抱えられていた。
羽々崎暁「ナァイッス、彩!! エージさん! 早くやろう! 早くやろう!」
榊木鋭史「まったく、子供みてえに燥ぎやがって……」
そう言いつつ、自分が持ち込んだ景品をキラキラとして目で楽しみにされているのは悪い気がしないらしく、榊木先輩も着々と稼働準備を進める。
鳴神鴻「生徒会室は遊び場ではありませんよ。今月の審議もありますし、今この場で使用するのは非効率的です」
御堂十弥「そう固いこと言わなくてもいいじゃないっスか、会長。それに、甘いものを摂取すれば頭だって働きますって! ね?」
鳴神鴻「……まぁ、一理ありますね」
榊木鋭史「始めるぞ」
コンセントをセットし、カチッとスイッチが入る。
チョコレートファウンテンが稼働し、聖水のように洗礼された煌びやかなチョコレートが頂きから流れ始めた。
羽々崎暁「はふぁ〜…」
御堂十弥「暁のヤツ、恍惚な表情浮かべてやがる……。そんなに楽しみだったか」
朝霧敦士「おれ、目の中にハートがある人、初めて見ました」
榊木鋭史「星も浮いてるな」
彩から手渡されたバナナを串に刺し、さっそくコーティングを始める。
全身がチョコレートに包まれた、出来立てのチョコバナナを口に運んだ暁は、思わず目を閉じてウットリ顔。
羽々崎暁「〜〜〜ッ♪」
御堂十弥「おーい、暁。声出せ、声」
真奈部彩「それだけ美味しいんだよ………って、朝霧くん…それは?」
朝霧敦士「納豆パスタです。お昼の残り」
榊木鋭史「やめておけ」
帰宅後、暁の腕には件のチョコレートファウンテンが抱えられていた。
榊木先輩曰く、家にあっても滅多に使わないだろうし、妹の真由も飽きたら使わなくなるだろうから、ということで譲ってもらったのだった。
羽々崎暁「はぁ〜……、幸せぇ……」
早速、家族を交えて二度目の稼働。
羽々崎家のお祭り道具が、また一つと増えたのだった。
と、思ったのも束の間……。
翌日、教室にて。
真奈部彩「おはよう」
御堂十弥「おー、おはようさん」
御堂と彩に続いて、数分後に暁も教室に顔を出す。
御堂十弥「お、暁。おはようさん」
キョウ「…あァ?」
真奈部彩「…って、あれ? キョウくん!?」
キョウ「はっはァ、よく分かったじゃねェか」
朝っぱらからキョウに替わってしまったらしう、そこに暁の姿(もとい人格)はなかった。
御堂十弥「何でまた、キョウになっちまってんだよ」
キョウ「アイツ、昨日のチョコレートファウンテンが気に入ったらしくてなァ。どーせ今朝も同じモンに手ェ出すと思って仕込みいれてやったんだよ」
真奈部彩「し、仕込みって……?」
彩の問いに、キョウはニタァと笑って回答する。
キョウ「溶かしたチョコに、七味唐辛子ブチ込んでストックしてやった…ククッ」
御堂十弥「鬼! 悪魔!」
その後、暁がチョコレートファウンテンを再稼働させた話は聞かない。