短編集

□感情
1ページ/1ページ





私は夫に愛されていた。

私は夫を愛してはいなかった。



そんな可哀想な夫は、昨晩息を引き取った。






嬉しくも、悲しくもない。








小さい頃の記憶はないが、そこそこ裕福な家で私は育った。

そしてそこそこ有名な学校に行き、そこそこな人生を送ってきた。

旦那と出会ったのは、イタリアの郊外。


大学生時代に親友と、、イタリアへ観光に行った。

その時に、偶然出会った。

どうやら彼は私に一目惚れをしたらしい。


そのまま熱烈なアプローチやら私の大学に短期留学やら…凄かった。


愛するより愛される結婚の方が幸せだとどこかで聞き、私は折れた。

大胆な彼に似合わない、とても小さな結婚式を挙げた。




それから数か月したある日のことだ。



「…夜宵、俺の仕事って何か知ってる?」

『…さあ?』

「俺さ、マフィアのボスやってるんだ。」



最初は冗談だと思った。

よく冗談を言う人だったし、マフィアなんて現実味無いし。


でも、彼の目はとても真剣だった。



「…今度またパーティーがあるんだけど、ちょっと危ないかもしれないんだ。」

『……私、前からずっと言ってたわよね?』

「ああ。俺のこと、心から愛してはいないんだろ?」

『まぁ、詳しく言えば愛せない…なんだけど。』

「へぇ…それは初耳かな。」



話すと長くなるし、あまり好きな話ではないので黙り込む。

でも、その日彼は諦めなかった。



「お願い聞かせて。今じゃないとダメな気がするんだ。」



元々彼は直感がすごくよく当たるし、話すのは今なのだろうと思った。



『よくわからないけど私、感情が人より薄いみたい。特に恋愛感情が。』



それから私は話した。

うっすらと施設にいた記憶があること。

小学校に上がるころから、感情が徐々に薄れていったこと。



これもまさに、マフィアに並ぶほど現実味のない話だけれども。

彼は何も言わず、ただ聞いていてくれた。



「そっか…。話してくれてありがと、今日はよく眠れそうだよ。」

『うん…。』



その“ありがとう”という感情でさえ、よくわからないのだけれど。


そう思っていると、彼の携帯から着信音が流れた。



「…もしもし。うん、うん…わかった。」


何かを覚悟したような瞳が、私を捉えた。


「俺、ちょっと出かけるね。長くなるかもだけど……ごめんね。」



そう言い、私の額にキスをして彼は出て行った。


ただ、額から伝わる熱が、私に不安を覚えさせた。






それから数時間後、彼は廃墟で見つかった。

心臓を打たれた、と彼の部下という人から聞いた。

彼はとても泣いていたけど、私にはよくわからない。




葬儀の時も、埋葬する時も。

みんなすごく泣いていたけど、その感情が分からなかった。





ただ…最後の“ごめんね”が、頭から離れなかった。







感情








(これが、寂しいというものだろうか…)



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ