オレは今、十代目の命によりとある高校に潜入している。
どうやらこの高校には、敵対マフィアに通じる男が勤めてるらしい。
まだ危険性は薄いとのことだったが、いつ行動を起こすとも分からない。
早めに対処するべきと考えた十代目の意向に沿い、オレはここの臨時教師になっている。
とある日の放課後、一人の生徒から話しかけられた。
『あっ、あの!』
規定通りの髪型に黒縁のメガネ。
いかにも真面目そうなこいつは、オレの教えてるクラスでは見たことがない。
『私、C組の夜宵って言います。ちょっと授業内容を教えていただきたくて…。』
真面目そうな生徒はやはり真面目だった。
放課後にまで勉強をするなんて。
「いいぞ。どこがわかんないんだ?」
『えっと、ここの問題なんですけど…。』
「…ここの公式は分かるか?」
『な、なんとか…授業で見たことあります…。』
あれから数十分。
こいつは予想以上にバカだった。
『すいません…時間を取らせてしまって…。』
「…まあ、臨時とはいえオレも教師だ。教える立場だからな。」
『ありがとうございます……。』
「…もうすぐ最終下校の時間だ。残りは明日にするぞ。」
『あっはい!お願いします!』
満面の笑みを浮かべ、頭を下げてぱたぱたと帰る。
廊下は走るな、と注意すれば早歩きに変わった。
それからほぼ毎日。放課後に教室で補習をするようになった。
もちろん当初の目的も果たすため、放課後から一時間だけの特別授業だ。
授業でカップケーキを焼いた時は、『いつも勉強教えてもらっているから…』と言って渡してきた。
『コーヒーも飲んでいらしたので…甘さ控えめにしたつもりです。』
なんて気を利かせて作ってくれたカップケーキは、とても美味しかった。
それから数週間。
薄々、気付いてはいた。
でもオレは、臨時教師を演じているマフィアだ。
命の大切さを教える前に、命を奪う側なのだ。
それに、オレには果たさなければならない目的だってある。
「……まあ、ここまで出来れば後は大丈夫だろう。」
いつもより口数の少ない授業。
明日、オレはこの高校を出る。
目的の男も捕まえ、今はボンゴレで取り調べを受けているはずだ。
オレがこの高校に居る用がなくなったのだ。
オレの口からは言っていないが、多分こいつは俺が居なくなることを知っている。
十代目ではないが、何故かそんな気がするのだ。
『…獄寺先生。』
「…なんだ。」
俯いたままの状態だったが、今日初めて口を開いた。
『本当に…明日なんですか?』
オレは返事が出来なかった。
『…まだ、期末テストまで時間があります…。』
「今の状態なら十分だ。80点は取れると思うぞ。」
『…結果、聞いてください…褒めてください…。』
「…聞かなくても大丈夫だろう。」
ばっと上げた瞳には、溢れんばかりの涙が溜まっていた。
「別に泣くことはないだろう。オレは臨時教師なんだ。」
『……先生、私、』
「ほら、もうすぐ約束の一時間だ。次のテスト頑張れよ。」
続きを言わせないように、話を遮った。
そして教室を出ようとする。
『…っ先生!』
呼び止められたが、振り返らずに立ち止まる。
『次のテスト、もし満点取ったら、また会えますか…?』
「…その時は――――。」
臨時教師
(どうしたの獄寺君)
(十代目ぇ…)
(自分のヘタレさを嘆いてるだけですよ)