楽園の夢
□この贅沢者
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朝目覚めた時、恋人が腕の中にいる。羨ましい話だ、とジョンは思う。ジョンが目を覚ます頃は、たいてい彼の腕の中はからっぽだからだ。
しかし、その代わり。
(‥‥いいニオイだな)
この贅沢者
ジョンはベッドを降りると適当に着替え、部屋を出て洗顔などを済ませキッチンへ向かう。そこには、ことこと煮える鍋と、その中身をお玉で掻き混ぜる銀の後ろ姿。
ジョンの恋人は、だいたいいつも彼より先に起きて、こうして朝食の準備や、平日なら弁当の用意をするのだ。
「おはよう、銀」
「あ、ジョン。‥‥お、おはよう」
睦みあって迎えた朝は、銀はいつも照れくさそうだ。振り向いて挨拶を寄越しても、はにかんだように笑んだ頬を染めて、すぐに向こうを向いてしまう。だから追いかけてしまいたくなる。
「いいニオイだな、銀」
「あ‥‥」
背後から近付いて、小柄な身体をそっと腕で包む。紅くなる耳を喰みたいところだが、銀が驚いて火傷でもしたら大変なので、ジョンは一生懸命我慢をした。
「あれ、今日は味噌汁じゃないんだな」
鍋の中を見れば、キャベツとベーコン。香りから察するに、コンソメで煮ているようだ。主食は米派な銀には珍しく、炊飯器も稼働していない。
「こないだ、新しいパン屋が出来てたから買ってみたんだ。休みの日くらい、たまにはいいかなって。あ、味見する?」
「ん?‥‥‥ああ、いや。こっちのがいいな」
「こっちって、‥‥ン」
ジョンは銀を振り向かせ、軽く唇を合わせる。ちゅ、と音を立てた可愛いキスは、夜中の濃密なそれとは掛け離れ、ただただ優しい、愛おしい気持ちがあふれた。
ジョンが銀の髪にもキスをすると、彼は照れながらも、しょうがないなあ、と微笑んでいる。
「そろそろ出来るから、パン焼くね。卵どうする?」
「オムレツがいいな。チーズ入ってるやつ」
「わかった」
待ってて、と言われ、ようやくジョンは離れた。これ以上くっついていたら、本気で作業の邪魔になる。大人しく新聞を取りに行くジョンは、自分をなんて贅沢者だろう、と思った。
可愛い恋人が、素晴らしい朝食を用意してくれている。なのに。
(‥‥‥‥朝、腕ン中にいる銀にキスしてみてぇな‥‥‥)
寝顔にキスして、夜の名残りをもう一度、だなんて。なんて贅沢で我が儘で、最高にしあわせな悩みかとジョンは思った。
新聞が投げ込まれているだろう階下のポストへ、とジョンがサンダルを履く。背後で、フライパンにオムレツの卵を投入した、美味しそうな音と匂いがした。
end.