楽園の夢
□木漏れ日の夢
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狩猟犬として訓練を受ける前―――その家には、大輔少年より少し大きな娘がいた。母犬にも、人間の家族にも愛され、慈しまれた幼い日々。狩猟好きの医師の元に引き取られるのを前提に訓練に出される前の日、娘がこっそりベッドに入れてくれた。人間の寝床で一緒に眠ったのは、あれが最初で最後だ。
「‥‥それでな、別れの朝、娘が泣いたんだよ。しあわせになるんだよ、ってな‥‥‥。不思議だよな、名前も覚えてねぇし顔も朧げなのに‥‥。あの涙を、今になって夢に見るのさ‥‥‥」
「‥‥‥‥そうか」
「もう会うこともなかろうが‥‥‥けど、目が覚めるたび心ン中で答えることにしてる。俺は、ちゃんとしあわせだぜ、ってな」
「‥‥‥うん。そうだな」
俺もしあわせだ、と笑った笑顔を、眩しいとジョンが思っているとは銀は知らずに。
(そうか‥‥ジョンにも仔犬の頃があったんだ)
結構失礼なことを考えていた。とはいえ、出逢った時は大人(ジョン)と子供(銀)だったし、ジョンは割といけ好かない奴だったので、そんな相手の仔犬の頃を想像出来なくても、無理はないのかも知れない。
しかしそう思うと銀は、少しばかり不公平を感じる。
(ジョンは俺を、子供の頃から知ってるのに、ジョンの子供の頃を俺は知らない‥‥)
人間だったら銀は、ふくれっ面という状態だったろう。ズルイ、自分も知りたい、という気持ちが胸に溢れて―――
「‥‥‥ジョン、今度は一緒に寝てみないか?」
「‥‥なッ!!え、な!?」
「一緒に寝たら、同じ夢を見られるかも知れないだろ?俺、ジョンの子供の頃を見てみたい」
我ながら名案だ、と銀は思った。だが、ジョンはというと。
「‥‥‥断る」
「なんでだよ、そんな難しい話じゃないだろ?」
「‥‥‥‥なんででもだ」
胸のうち、『難しいんだよ』とつぶやかれたジョンの心の声を知らず。ケチー、と子供のようなブーイングをかます銀だった。
木漏れ日はきらきらと、風に揺れて踊るように注いでいる。
end.