楽園の夢

□あなたのいない夜
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 赤目は、ふ、と目元をやわらげ、月を振り仰ぐ。蒼い月光に照らされ、くつろいでいる風なのに一分の隙もない。銀はあらためて、このひとは忍びなのだ、と感心した。
 伊賀忍者の正当な流れを汲んだ一族の総帥である、というこのひと。赤目はぽつりと、昔語りを始めた。


「なあ、銀よ‥‥。私も妻を持つ前、子を持つ前は、危険な任務に身を投じたりもしたものだ‥‥‥」


 そう言って、淡々と語られる赤目の昔日。いつだったか赤目は、任務は遂行したものの、最後に失敗して負傷したことがあったという。その時はとある民家に匿われ、傷の手当を受け救われた。
 通常、忍びの多くは任務の最中に命を落とす者も少なくない。赤目はまったく幸運だった。相手の家人は、『倒れてるヤツを助けるのに理由はいらない』と、何も訊かずにいてくれた。それもまた幸運だった。
 そうして回復の後、里へ戻った赤目だがその後、幾人かの仲間や部下を見送るたび、忍びであることの虚しさを痛感した日々があった。
 たいていの依頼主は、忍びの一人や二人、消えたところで何も感じはしない。忍びとは、闇に生き、闇に戦い、闇に消える。そういうものだと教えられ、赤目もそれが当たり前だと思っていたが、しかし彼はほんの束の間、別の世界があることを知ってしまったのだ。
 何も聞かず、何も求めず、困っている者に手を差し延べる―――そのあたたかさを。


「――‥やがて妻を迎え、ますます忍びであることが虚しくなった。あれを置いて逝くことがあっても、それが当たり前だなどとは‥‥‥」
「赤目さん‥‥‥」




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