楽園の夢

□あなたのいない夜
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 そうだった、と銀は思う。ジョンとの仲をからかう赤目だが、彼も相当の愛妻家だ。尻に敷かれているわけでもなく、ただ妻をいたわり、重んじ、支えあっている。近所でも評判の、鶴の番いのような夫婦だ。


「何年も子に恵まれなかったが、ふとした拍子に哲心を‥‥‥授かった」


 子宝を授かるのがふとした拍子?と、聞いていた銀は小首を傾げる。何やら含みは感じたが、銀は口を挟むことはしなかった。


「子を持って、ようやく忍びのしがらみから抜け出す決意をしたのだよ。この子には、暗い道は歩ませまいと」


 闇に生き、闇に消える人生など送らせまい。誰にも知られず、看取られもせずに死んでいく、そんな忍びの世界自体を変えてやる。
 ―――あの時、負傷し匿われ、救われた日に感じた、ひととしてのあたたかさが当たり前の世界になるように、と。


「――‥そうして私たちは里を出て、この道場を開いたんだよ」
「そうだったんですか‥‥‥」


 正直、忍術道場なんて何の冗談だ、と知り合った最初の頃は、銀でさえも思った。だが聞いてみれば、なかなか深いエピソードが潜んでいたものだ。口に出すのは照れくさいが、つまるところ、この道場の根底には赤目の、妻への愛、子への愛があるのだとも銀は知った。愛することは素晴らしい、と、臆面もなく言うだけはある、と。


「俺も嬉しいです。赤目さんたちが今も伊賀の里にいたら、会えなかったですもんね」
「はは、そうだな。‥‥‥なあ、銀」
「はい?」


 月を仰いでいた赤目が、銀に向き直る。月光が影を生むが、冷たい印象はない。彼が憧れた、ひととしてのあたたかさを、もう赤目が手にしているからだろう。


「ジョンのこと、見捨てずにいてくれよ。あいつは、お主がいないとダメなヤツなんだ」




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