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□とびきり甘いのを
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パコーン、パコーン、
ここからテニスコートが見えボールのインパクト音が聞こえる家庭科室には、カシャカシャ泡立て器を動かす音が響いている。
『…っだぁああ!!腕いたい!疲れたよ丸井!』
「ったくもう少し頑張れよ、あと少しだろぃ?」
『大体なんでハンドミキサー使わないの…!』
「手でやった方が上手くいくんだよ。」
私と丸井は家庭科の補修で居残りだった。というか私の居残りに、先生に指名された丸井がついててくれるのだ。
『うー……』
唸りながらカシャカシャカシャカシャ、必死に腕を振るう。に、二の腕が揺れることなんか気にしないぞ…!
「…しょうがねぇな、」
丸井は生地の入ったボールと泡立て器を私から取ると、私の数倍の早さ(しかも私より丁寧っていう)で混ぜ始めた。
『あ、ありがとう…』
「あ。当たり前だけど、先生には言うなよぃ?お前の補修なんだからさ。」
『はーい!』
「よし、イイコだ。」
元気よく返事すれば、子供みたいに頭をわしゃわしゃ撫でられた。
「丸井、どうじゃ?」
ちょうどその時、窓からひょっこり仁王が頭を出してきた。
「何だよ仁王。」
「なんじゃ冷たいのぅ。せっかくクラスメート×2たちがどうなるのか、見にきてやったんに。」
「は?」
『だっ、ばっ、ちょ仁王!!!』
「はは、どもりすぎじゃ。」
実は私は丸井のことが好きだったりする。更にそのことが仁王にバレていたりするので、こうして奴は時々からかってくるのである。ふんぬ!
『もうっ、仁王帰れ!部活行け!』
「仕方ないのぅ。」
恥ずかしくて追い返すと、仁王は最後に丸井に耳打ちしてコートへ戻っていった。
『丸井、仁王に何言われたの?』
「ん、あーまぁ、アレだよ。気にすんな!」
アレってなんだ、アレって。余計気になるじゃないか!とは言えず、『ふーん』とだけ相槌を打っておいた。
作業も終盤を迎え、綺麗に焼けたケーキに生クリームを塗っていく。
『あー、美味しそう…』
「おい、俺だって我慢してんだから食ったりすんなよぃ?」
『もちろんです。』
なんとか涎を我慢して塗り終わり、いよいよイチゴを乗せてチョコペンでデコレーションしていくことに。
この補修が終わったら、頼まれただけの丸井とはきっと話すこともなくなるんだろうなぁ…。
「あ、のよ…」
『うへっ!?』
うわあぁぁぁあぁ油断してたから変な声出た!!
丸井もなんか俯いてるし、あぁぁぁあぁ恥ずかしい!
「お前、好きな奴とか…いるか?」
『好、きな奴?』
えぇいますとも目の前に!
もちろん言えないので、とりあえず『いないよー?』と冷静を装った。
つもりだったけど、自分でもわかるぐらいに顔が熱いので無意味である。
お湯につけておいたチョコペンの先端を切り、プルプルする腕で真っ白なケーキの上にチョコペンを持って行く。
「そっか…俺は好きな奴いんだ。」
『…へぇ…』
思いがけない言葉に、返事にも戸惑いが入ってしまう。
ヤバい泣きそうだ。
何も本人の口から、こんな失恋決定な話聞かなくてもいいじゃないか。
「そいつさ、鈍感みてーでアピールしてもぜんっぜん気づかなくてよ…」
『で、でも、きっと丸井の好きな人なら可愛い人なんだろうね!』
できる限り、明るく言ったつもり。気分はかなーり最悪だけども。
気を取り直してデコレーションしようと思ったとき。
「…んの鈍感!!」
少しぬるい温もりが手から離れていき、気づけば丸井がゲレンデのようなケーキにチョコペンを走らせていた。
「んー、こんなもんだろ」
チョコペンで書かれていたのは、
『……え、えぇえええ!!!』
「返事、待ってるかんな!!」
たった二文字の言葉。
けれどその二文字は、私には輝いて見えた。
『わ、わたしも好きだよ!!』
とびきり甘いのをお願い
(これ提出する?)
(天才的だからな、当たり前だろぃ!)
(は、恥ずかしい…!)
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お題拝借
『確かに恋だった』様より。
ありがとうございます!