固定御題夢

□感情を隠蔽
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監禁されてから数十分後、ある事実に気付いた。

『お前の身に何かあったら心配だからな!持つことに越したことはない!』

ふと笙悟兄の言ったことを思い出した。

「あ……そうだ…!!」

持たないよりは持ってた方が安心だ。
そう言って、笙悟兄は私にもう一つ予備で携帯を無理矢理持たせていたことを思い出した。

「っ!」

投げ捨てられた鞄のところまで何とかたどり着く。
縛られた手で不自由な中、背中越しに鞄の中を一つ一つ確かめる。

「……!」

あった。
犯人は私がもう一つ携帯を持っているところまでは気が付かなかったらしい。
私が最初の内に携帯を手渡していたから、それしかないと思いこんだのだろう。

笙悟兄が過保護で携帯をもう一つ持たせていたのが功を奏した。いつもは鬱陶しいくらいに思っていたが、今だけは素直に感謝しておこう。
幸い、そちらにも健悟さんの番号を登録していたため無事に連絡が取れた。


「───はい、明智ですが」

「健悟さんっ…私です、凜華です…!」

電話の向こうが急に騒がしくなった。
動揺しているのが様々な音で伝わってくる。

「凜華さん!?どういうことですか、この携帯電話はいったい…!怪我はありませんか…!?」

「大丈夫です、何もされてないです…!私実は兄に携帯をもう一つ持たされていて…。たまたまそっちにも健悟さんの電話番号登録していたんです。犯人には見つからずに手元にあったので…それで……!」

自然と彼の声を聞いただけで安心し泣きそうになる。
のどの奥が痛くなり、うまく話せない。

「よく頑張りましたね…大丈夫、落ち着いてください。今連絡が取れているという事は、近くに犯人はいないんですね?」

「はい、先程外へ出て行きました…」

「なるほど…。では場所を教えてもらえますか?すぐに助けに行きますから…!」

「ありがとうございます、ありがとうございます…!場所は……───」





彼に何とか居場所を伝え、犯人が帰ってくるまで待ち伏せし、帰宅したところを剣持警部や他の警察官に取り押さえられ、犯人は無事捕まった。




なぜ犯人が校内にいたのか問いつめてみたところ、彼も秀央高校出身だったらしい。
OBであることを利用し、校内見学だと言って簡単に中に入ったり、生徒の進路相談や先生たちとの雑談でしょっちゅう出入りしていたらしい。
そこで私が一人になるのをずっと待っていて、あの日のあの時間に学校に入り、決行したと供述しているそう。

健悟さんがいたのに、そういうところは大胆な男だったようだ。
色々聞きたいことはあったが、だからと言って会いたくはなかったし、一刻も早くこの事を忘れたかった。

「やれやれ、いろいろありましたが…これで犯人は無事に捕まりました。問いつめてみると他にも犯罪を起こしているようですので、引き続き厳しく取り調べを行います」

「そうだったんですか……ほんと、捕まって良かったです…」

犯人が逮捕されてから数日後。
念のためと入院した病院から無事退院したタイミングで健悟さんから連絡があり、事情聴取に呼ばれて警視庁に足を運んでいた。

無事に事情聴取は終了し、健悟さんに連れられて自販機で飲み物を買ってもらった。

「ありがとうございます」

一言お礼を言ってからキャップを開ける。
ぱき、という音がして蓋が開き、ゆっくりとのどを潤す。
見知った人から受ける事情聴取とは言え、あんな密閉された部屋で行われると緊張してのどが渇いてしまった。

「…あの時、無理矢理にでも私がついて行くべきでした」

「…え?」

不意に健悟さんの顔を見上げると、彼の表情は悔しさでゆがみ、買ったばかりの缶コーヒーを握りしめていた。

「私があの時ついていながら…凜華さんを危険な目に遭わせてしまった事がずっと引っかかっていて……。本当にすみませんでした」

「な、何を言ってるんですか…!健悟さんが責任を感じる事じゃないです、だってあの時は私が無理矢理押し切ったから…!」

慌てて立ち上がって彼の前に立ち、じっと彼の瞳を見つめる。

「私の不注意です。健悟さんの言うことをちゃんと聞いていたら良かったんです。でも…もう過ぎたことですし、今こうしてここにいるんですから…もうその事で自分を責めないでください」

「凜華さん…」

「私を助けようと必死に探してくれていたこと、金田一君や美雪ちゃんから聞きました。それに……」

それに、剣持警部が犯人を捕まえた時、健悟さんは真っ先に私の元へ走ってきてくれて、震えていた私の体を強く抱き締めてくれた。

『無事で良かった』

抱き締められたまま囁かれた言葉は、彼にしては珍しく震えていて。
本当に心配してくれていたんだと思った。
不謹慎なんだろうけど、すごい嬉しかったのを覚えている。
こんなに思ってもらえていたなんて、と。

「健悟さんが来てくれて本当によかった。もう十分です。だから、もう自分のことをそんなに責めないでください」

缶コーヒーを強く握っている彼の手を取り、そっと包み込む。

「……貴女は脆い部分があるかと思えば強い部分があったりと…。全く、私が慰められてどうするんですかね」

苦笑気味に話す彼の手から力が抜けていく。

「凜華さん、ありがとうございます」

「いいえ、こちらこそありがとうございます」

「もう、これで凜華さんはいつもの生活に戻れますね」

「あ……」

言われて気が付いた。
この事件が片づくと言うことは、私たちの仮初めの関係も終わりを告げると言うことに。

「そっか…そうですね、もう、心配する事ないんですね……」

「えぇ、明日からはまた何も怖がることなく学校に行けますよ」

「…お世話になりました」

何で、何でこんなに苦しいんだろう。
恐怖から解放されたのに。

「…さようなら、如月さん」

健悟さんから出たその言葉に突き放された気がした。
凜華ではなく、如月。
あぁ、そうか、私も健悟さんではなく、明智さんと呼ばなければならない。
健悟さん、と呼べるのは仮初めの関係だったからで、もうその関係は事件の終結と共に終わりを迎えたのだから。

「…じゃあ、帰りますね。荷物の整理とか色々残ってますので。それから、飲み物ごちそうさまです」

なるべく彼の顔を見ないようにしてお礼を言う。

「外まで送りますよ」

「大丈夫です、道は覚えてます。健…明智さんはお仕事に戻ってくださいな」

「…そうですか?」

「はい、本当にありがとうございました」

これ以上一緒にいるのがつらかった。
とても短い、短い期間だったけど、仮初めの関係は彼に惹かれるには十分な時間だったのだ。
その思いを早く断ち切らなくては。

こんな気持ちを相手に伝えようとは思えなかった。
仮初めを本気にしたなんて思われたくなかったのか、先程の彼の言葉を聞いて言えなくなったのか。

足早に警視庁を出た私はどこへも寄らず家に帰り、自分の部屋で堪えきれず涙を流した。




奇妙な糸で絡まった私たちの関係は、事件という緋色の糸を見つけた瞬間にほぐれて、二本の糸となり……そしてこれ以上交わることなくほどけた。





**************
久しぶりの固定御題更新です。
何年ぶりですかこちら……(震え声)
全然更新しないのにみなさまいつもきてくださっていて…本当にありがとうございます。
無事に二人は出会えました。
でも出会えたという事は仮初めの関係も終わりも意味します。

急に明智さんから他人行儀な態度を取られ、切ない気持ちのまま離れてしまいました。
本当の気持ちを伝えられない、感情を隠蔽。
次でいよいよ最後です。
もう少しおつきあいくださいませ。

08/24/2014
22:23
如月凜華
 

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