フィヨルディア

□第1話:フィヨルド
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〜フィヨルド〜



目が覚めた部屋は、洋風のやたらと豪華な部屋だった。誤解のないよう言っておくが、私は至って普通の大学生。間違っても、セレブなんかではない。つまりここは、私の知る部屋ではない。更に誤解のないよう言うと、私は知らない部屋で寝るような不埒な娘でもない。第一、意識が途切れる寸前までの出来事を、私はハッキリと覚えている。突っ込んで来る車…思い返してみても、歩行者用の信号はしっかり青だったから、私に非はない。…つまるところ、交通事故に遭ったわけだから、目覚める場所として妥当なのは、病院ではなかろうか。それが、妙に貴族っぽいゴージャスルームって。夢を見てる感覚ではないから起きてるんだろうけど、少なくとも良い予感は少しもしない。そこに聞こえてきたノックの音が、早くも災いを連れて来た気配がする。

「お目覚めですか?」
「……」
「呉南紅華様で、間違いありませんね?どうぞ、こちらへ。広間へご案内致します」
「…誰?」
「全ては広間でご説明致します。さあ、どうぞ」

付いて行かなきゃ何もわからない、か。何が起こるかもわからないけど、このままこの部屋にいても仕方がない。それにこの人物、やたらと落ち着いた喋り方をしているが、見た目は幼い女の子だ。滅多な事にはならない…と信じてみよう。
促されるがままに部屋の外に出てみると、この家…いや、屋敷?の広さがよくわかる。全貌が見えるわけじゃないが、たくさんの部屋が並ぶ広い廊下は、それだけで屋敷の途方もない広さを示してる。目の前を先導する少女は、これまた貴族っぽい、レースたっぷりのふわふわした服を着ていた。至って普通の大学生である私の目から見たら完全にコスプレだが、この屋敷内においては全く違和感がない。カツカツと革靴を控えめに鳴らして歩く少女は、こちらを振り返ることを一切せず、複雑な屋敷内を歩いて行く。

「ねぇ、ここってどこ?」
「広間でご説明致します」
「ああそう…。じゃあ、貴女の名前は?」
「名乗る必要があるのですか?」
「…あのね、貴女は私の名前を知ってたでしょ?それでなくても、普通は初対面の相手には名乗るもんでしょうが。じゃなきゃお姉さん、貴女をなんて呼んでいいかわからないよ」
「失礼致しました。では、茉莉、とでもお呼び下さい」
「とでもお呼び下さいって……まあいいや、マリちゃんね」

大きな階段を降り、また少し複雑な廊下を進むと、目の前に一際大きくて立派なドアが現れる。説明されずとも、それが広間のドアであることはわかった。茉莉がドアの前に立つと、重たい音を立ててドアが開く。広間の名に相応しい呆れる程広い部屋に、大きなシャンデリアと照明。大体想像していた通りの部屋が現れた。ただ、唯一予想に反していたのは、そこにいる人の数。なんとなく、たくさんの人が集まってるのかなって思っていた。
だが、そこにいたのは、一人の青年だった。

「お、茉莉ちゃんおかえり〜。その娘が、俺の?」
「はい」
「へ〜…美味しそうじゃん」
「…………」

前言撤回、そこにいたのは一人の変態だった。女を見ていきなり『美味しそう』と言う男に、間違っても良い印象なんか持てるわけがない。繁華街にいるナンパ男でも、もうちょっとマシな口説き方をしてくるものだ。この変態、容姿がそれなりに良いからまだ救われているが、それでも私の頭には完璧に変態でインプットされた。清潔感のある黒い短髪に、赤味を帯びた宝石のような目。儚げな印象漂う色白の肌。格好良くも可愛くも見える、柔らかな笑み。そんなのはもうどうでもいい。変態という強烈なイメージの前には、それらの美点はオマケに等しい。

「あれ?なんかすっごい冷たい目を向けられちゃってるけど?」
「貴方が不躾だからです。それに、初対面の女性に対するものとしては、先程の言葉は不適切かと」
「え!もしかして茉莉ちゃん、まだこの娘に状況説明してない?」
「ですから、それはこの方を広間にお連れしてからと申し上げたではありませんか。この方は今し方お目覚めになられたばかりで、まだ状況どころか、ご自分の状態もわかっておられません」
「あちゃー…そりゃ確かに、ちょっと失礼だったか。ごめんね?」
「…別に」

何やら誤解はあったようだが、それでも今のやり取りで晴らされた汚名は、女を見て《いきなり》変態発言をする男、と言う事だけだ。つまりまだ、《女に変態発言をする男》と言う覆し難い汚名が残っている。要するに、何も晴らされてない。
 
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