フィヨルディア

□第3話:大馬鹿悪魔
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〜大馬鹿悪魔〜



「んで、ここがカラオケルーム!個室から大部屋まであって、一人や少人数で目一杯歌いたい時は個室、大人数で騒ぎたい時は大部屋!ちょっとしたパーティー会場にもなるぜ!」

昨日は結局、里乃達と話し込んで疲れてしまい、屋敷内の探索が出来なかった。と言うわけで、今日は朝から仄に屋敷内を案内させている。
この屋敷…フィヨルドは本っ当に広くて、もうそろそろ正午を回ると言うのに、まだ十分の一も見られていないくらいだ。屋内&屋外プールはもちろんのこと、点在するカフェ、レストラン、アパレルショップなんかまであった。屋敷というより、一つの町だ。

「隣にはビリヤードやダーツなんかの遊戯室があるんだ。プールバーにもなってるから、色んな種類のカクテルも…あ、そういや紅華は、酒飲める?」
「少しはね。…しっかし、途方もない広さね…」
「人間を堕とさなきゃいけないからね〜。ここに満足してもらうために、色々揃えてるんだ」
「揃え過ぎでしょう。しかもこの施設全部…洋服店からレストランまで、全部無料でしょ?外がないのに、一体どこから湧いて出てんのよ」
「実際、湧いて出てんだよ。人の魂を動力に、物は次々生産される。服も、食べ物も、日用品もな。不足することは、まずないよ」
「…人の魂を動力に、ねぇ…。魂って、そんなに凄い物なの…?」

人の魂と言われても、どうもピンとこない。魂一つが、一体どれ程の力を持つのか…そもそも、魂なんかでそんな無尽蔵に物が生産出来るのか…。この屋敷にはそれなりの人が生活しているが、そうポロポロ死んでいるようにも見えない。現実に帰る人だっているだろうし、次から次に魂が手に入るわけじゃないだろう。そんな、月に一個手に入ったらラッキー、みたいな量で、こんな大きな屋敷の全ての施設を動かし、全ての人の食料や衣類などを生み出す…。無茶過ぎないだろうか。陰で多大な犠牲が出ていそうで、なんだか忍びない。

「………紅華さ、人の魂って、こう…丸くてフワッとした、ここに収まるくらいのモノだと思ってる?」
「え…?」

人差し指で、トン、と胸の中心を突かれる。見透かされたようで、息が詰まった。だが実際、人間の魂に対するイメージなんてそんなものだろう。丸くてフワッとしてる、両手で包めそうなやつ。墓地の絵なんかでよく描かれるような…ヒトダマ?みたいな物体。人間が抱く、一般的な魂のイメージだ。それは私も例外ではなかった。

「人の魂っていうのは、もっと途方もないモノだ。目に見えるものじゃないから、具体的な大きさはないけど…膨大なエネルギーの塊みたいなモノなんだ。人の魂を奪うと、半分は悪魔が食うわけだけど、一回魂を食ったら、十年はゆうに生きられる」
「…十年…」
「短いと思った?そうだよな、何百年、何千年も生きる悪魔にとっちゃ、十年なんて微々たる時間だ。だけど、歳をとらない生き物の命を十年継続させるっていうのは、とんでもない力が必要って事は何となく想像つくだろ?それが、人の魂半分の力だ。人っていうのは、そういうモノを持ってる。皮肉なもんだよな…魂の偉大さっていうのは、持ってる人間よりも、それを奪う悪魔の方がよく知ってる」
「……」

馬鹿悪魔。出会った時からそのイメージがついて離れない仄が、別人に見えた。人の魂について語る仄の表情は神秘的で、人間離れした雰囲気をまとっていた。悪魔なのだから人間離れしていて当然なのだが、普段ヘラヘラしている仄からは想像も出来ない程……怖い、と思った。少し微笑む顔にすら、ゾクリとする。こいつは、悪魔なんだ…わかっていたようで理解していなかった事が、胸に突きつけられたままの指を通して急速に体に流れ込んできて、恐怖を煽る。
だが、呼吸も出来ない程怯えてるなんて、この悪魔に知られるのは嫌だ。そう思う冷静なところも残っていて、速くなる心音を悟られないよう、手を払いのけた。

「いつまで胸触ってんのよ、この変態。セクハラで訴えるわよ」
「変態って酷っ!俺は親切に説明してやっただけじゃん!つーか、訴えるってどこにさ!」
「茉莉に」
「茉莉ちゃん!?あ、ちょ、それは勘弁…」

騒ぎ出した仄に、ホッとした。さっきまでの身の竦むような雰囲気は消え失せ、普段通りの馬鹿悪魔になる。どちらかが偽物、ということではないと思う。こいつは正真正銘馬鹿悪魔だし、さっきの仄も本物の仄だ。二面性というのもおかしい。今ヘラヘラしてるこの仄は、本来の仄の気質で…さっきのあれは、八百年生きてきた《悪魔》の仄だろう。
八百年…少なくとも八十個の人の魂を奪い、食らってきた悪魔の。
 
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