フィヨルディア

□第5話:危険な悪魔
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〜危険な悪魔〜



自分が寝返りを打つ感覚で目が覚める。シーツの感触が自分の部屋のベッドと違う事から、ここが現実じゃない事を思い出す…そんな朝も、今日で二十回目を数えるだろうか。意識は目覚めたけど、まだ少し眠くて、目を閉じたままぼんやりとする。

「…紅華、まだ起きないの〜?」
「……………」
「目ェ覚めてんだろ?遊び行こうよ〜」
「………女を誘う前に、女の部屋に無断で入るのをいい加減改めなさいよ」

目が覚めた時、この馬鹿が部屋に居るのにも、もう慣れてきた。本当、デリカシーの無い男だ。幸い、襲われた事は一度もないが、それはそれで腹が立つ。『悪魔に生殖能力はないけど、一応、性欲はあるんだぜ〜』とか何故か得意気に語っていたから、つまり私には女としての魅力を微塵も感じないと言う事だろう。何とも不名誉な話だが、お陰で貞操は守られているから、良しとしておく。

「お、やっと起きた?はい、紅茶。もう冷めちゃったけど」
「…私が毎朝紅茶飲むから、気を利かせてくれたのね。でも起きる前から持って来てても意味ないのよ、馬鹿じゃないの?」
「えっ!?で、でもほら、アーリーモーニングティー…?って、朝起きて、ベッドの中で飲む紅茶じゃなかったっけ?」
「だったら、熱い内に起こさなきゃ駄目でしょう。なんでアーリーモーニングティー持って来て、私が起きるまで待機してんのよ」

かと言って、本当に起こされても、私は怒ると思う。そしたら、理不尽だって騒ぎそうだが、そもそもアーリーモーニングティーなんて頼んでないんだから、持って来なければいい。気持ちはありがたいが、やってる事は全くありがたくないのが、仄がホバカたる所以だ。

「…まあいいわ、喉渇いてるから、冷めたくらいで。それより、何しに来たのよ」
「え?だから、遊びに行こうよって。今日は何する?ダーツ?カラオケ?ショッピング?」
「出来ればこのまま寝ていたいんだけど…。なんであんた、馬鹿のくせに早起きなのよ」
「馬鹿と早起きは関係なくない…?せめて悪魔のくせにとか言ってよ」
「じゃあ、なんで悪魔のくせに早起きなのよ」
「それは俺が、元気で爽やかさが売りの素敵な悪魔だから!」
「…………………」
「ごめん、怒らないで」

自分を過大評価する奴は嫌いだ。朝から無駄に元気な奴はもっと嫌いだ。ありったけの嫌みを込めて睨んでやると、萎縮して目を逸らした。何度も思っているが、こいつは悪魔として大丈夫なんだろうか。むしろ、何でこいつは悪魔なんだろう。
そう考えながら口を付けた紅茶は、ぬるいを通り越して冷たいが不味くはないし、仄は決して無能ではない。説明を求めればしっかりしてくれるし、紅茶を頼めば美味しいのを持って来る(ちなみに仄が自分で淹れてるらしい)。一緒に食事をとれば、手際良く注文してくれたり、ホイル焼きのアルミを切って取り分けてくれたり、意外と頼りになるところもある。ビリヤードが得意で、ダーツも上手い。更には、オリジナルカクテルを作って出してくれたりなんかもする。好んで着用しているのが、着崩したスーツやルーズなシャツというのも相俟って、執事というよりはホストのようだ。
…が、馬鹿だ。頭がと言うより、言動が。今みたいに微妙にありがたくない事をしてくれたり、せっかく美味しい紅茶を淹れたのにティーカップを忘れたとか、ちょっと褒めるとすぐ調子に乗ったりなどなど。そして睨み付けるとビビる。時に逃げる。逃げた先で、茉莉に冷たくされてヘコんでる。抜けてると言うか情けないと言うか、そういう点を除けば、間違いなく仄は元気で爽やかさが売りの素敵な悪魔だ。改めて言うが、本当に本当に残念な奴だと思う。

「あ、そ〜だ。今日は中庭行かない?」
「…中庭…。ただですら眠くて億劫なのに、中庭…」
「ま、まあまあ、そう静かに怒らずに。…だって紅華、中庭は室内からチラッと見ただけで、出てないだろ?二十日も外に出てないっていうのは、健康的にちょっとどうかと思うよ?」
「………」

人にとって、日を浴びる事は非常に大切だ。身体的な健康はもちろんのこと、心の健康を保つためにも、人は日を浴びなきゃいけない。植物のように光合成が出来るわけではないが、日の光を浴びることによって脳が活性化して云々。聞きかじっただけの知識だが、とにかく人にとってもお天道様というのは多大な効果を与えてくれる、大切な存在だ。
…わかってはいるが、悪魔に『外に出ないと健康が〜』などと言われると、反発心を通り越してショックだ。いや、私が今まで抱いていた《悪魔》というモノに対する概念が、そもそも間違っていただけなのかもしれない。どうやら悪魔と言うのは、人間の健康維持を促進してくれるものらしい。
 
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