フィヨルディア

□第6話:それぞれの苦悩
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〜それぞれの苦悩〜



「わたくしの事…で、御座いますか?」

広間には、私と仄、そして茉莉。暇だったからと広間に来てみたら、珍しく茉莉しかいなかった。私が初めてここに来た日を除いて、この場所には大抵いつも誰かしらが暇潰しに来ている。誰もいないなら他の場所に行こうかとも思ったのだが、手持ち無沙汰にぼんやりとしている茉莉を見付けて、話しかけた。思えば、茉莉とちゃんと話すのは初めてかもしれない。
最初は、中庭の事とか取り留めもない話をしていたのだけれど、すぐに話題が尽きてしまった。元から、私と茉莉に共通するような話題はほとんどない。仄が必死に話題振りをしてくれてたけど、私も茉莉も積極的に話すタイプじゃないから、せっかく振ってくれた話をすぐ終わらせてしまう。おかげで仄も落ち込み気味だ。気の毒な事をした。
そろそろ席を立とうかと思った時、ふと訊きたかった事を思い出した。この世界に来た翌日に仄から聞いた、『茉莉ちゃんも悪魔みたいなものだから』という言葉の意味。あの時は保留にしていたけど、今はその事について訊く、いい機会かもしれない。そう思って問い掛けたのが、冒頭の茉莉の台詞に繋がる。

「そう、茉莉の事。私、貴女にお世話になってるのに、当の貴女の事を何も知らないのよ。もちろん、話せないような事なら、無理にとは言わないけど」
「…わたくしの事など、聞いても何も面白くないと思うのですが。何故、そんな事に興味を持つのです?」
「何かおかしい?知らない事を知りたいと思うのって、普通の感覚じゃない?」
「そうですね。ですが、紅華様は帰るおつもりなのでしょう?ここでの記憶は全て消えると知っているのに、知りたがる心境というのは理解出来ません」
「紅華は律儀だから…」
「あんたは黙ってて」
「…はい」
「確かに私は帰るわ。けど、いつ帰れるかなんてわかったもんじゃない。長期間ここで生活するんだったら、ある程度の情報は必要でしょ?この世界の主との人間関係を良好にするための情報は、その《ある程度》に含まれるの」
「わたくしとの関係を良好にしたところで、貴女様にとって不利になるだけでは?」
「あら、じゃあ茉莉にとっては有利な事じゃないの?」
「う〜ん…仲良くなりましょう、って会話にしちゃ冷たいよなぁ…」
「貴方は黙っていて下さい」
「…はい」

私は積極的とは言えないが、ネガティブではない。せっかくこんな豪華な屋敷で過ごせるんだから、リゾート気分で楽しもうと思うくらいにはポジティブだ。楽しむからには、屋敷の主とも親しくなった方がいい。そう考えるのは自然なことじゃないだろうか。

「……それとも、本当に話せないような事だった?それなら…」
「いえ、特別隠しているような事は御座いません。つまり、秘密らしい秘密もない。聞いても面白くないとは思いますが、それでもよろしければ」
「いいわよ。自己紹介に面白さは必要ないでしょう?」

いつだか仄が、なんの変哲もない私の話を聞きたがったが、今の私はそれと同じような事を言っている。あの時は、どうせ帰るんだからお互いの事なんか知る必要ないと思っていた。今だって、余計な情報はいらないと思っている。矛盾したような事を言ってしまうのは、相手が茉莉だからだ。素性は知らないまでも、外見は幼い女の子。同性、そして子供には甘くなってしまうのが女の性だ。…いや、もしかしたら相手が仄だったから、反抗的になっただけかもしれないけど。

「では、かいつまんでお話させて頂きます」
「うん」
「まず…そうですね。わたくしは、正確には悪魔ではありません。紅華様と同じ…いえ、同じと言っては皆様に失礼かと思いますが…一応、人間です」
「え…人間…?」
「はい。元人間、と言った方が正しいかもしれませんが」

…流石に、その答えは予測していなかった。仄が『悪魔のようなもの』と曖昧な言い方をしたから、悪魔じゃない事は予想出来てたけど、もっと、こう…失礼ながら、人間以外の何かだと思っていた。茉莉はこの屋敷の主だし、フィヨルドの全権を持つと言う人物が、まさか人間だとは思わないだろう。見た目は十歳そこそこ。人間の少女にしては、性格も落ち着き過ぎている。
 
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